コラム
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山も笑う棚田を訪ねて
藤田さんに電話すると、これから棚田の田んぼの草刈りにいくという。姫髪山の頂上近くにあるこの棚田(京都府福知山市)は、高齢のため耕作できなくなった伯父さんから引き継ぎ、昨年からアイガモ米づくりを始めた。4反余りのうち1反分の収量は、田舎元気本舗の村民・重森さん(弁当チェーン店の社長)がまるごと予約してくれた(25年度分も)。
このあたりの標高は丹波市より高く(ここ福知山市も「丹波」の領域だが)、連山に囲まれている県道の両脇は棚田が綿々と続いている。ここも田植えはまだあまりすすんでいなかったが、山笑う5月末、棚田の早苗が風になびくころの風景は何とも美しい。
田舎元気本舗から車で30分余り。藤田さんは、この棚田では一番小さな田んぼ(4畝)の畔道周りの草を刈っていた。気づくまで黙って棚田風景の写真を撮った。いつ来ても気持がいいが、風さわやかな新緑のいまが最高だ。均一に整備された田んぼもそれなりに美しいけれど、自然の地形にそってできた棚田は、汗と泥にまみれた人間の営みと歴史の重みのようなものを感じさせる。自然との合作アートとも言える。
「こういう美しい棚田を見ると、涙がでますねぇ・・・」
昨年の3月、鹿児島県霧島市から視察に来られた萬田先生が、感無量の面持ちで言っていたことを思い出した。
萬田正治先生(元鹿児島大学の名誉教授、副学長)は大学を60歳で退職して、霧島市の山村で1町ほどアイガモ米をつくり、「竹子農塾」で新規就農者の指導もしている。自然農法・アイガモ米づくりでは藤田さんの先輩格で、棚田を愛する思いも熱い人だった。
(こういう棚田で大型農業をやれというのは、どう考えても無理な話だ。それができないないなら止めてしまえということになれば、棚田が全国いたるところにある日本の米づくりはどうなるか・・・。)
写真を撮りながら一人つぶやく。
草刈の手を休めた藤田さんと少しだけ話した。
「今年はどこも田植えが遅いけど、藤田さんのところはどうなの?」
「うちも一緒やね。ハウスの苗はだいぶ育ってきたけど。田植えは5月25日頃からかな」
「とにかく寒いから。草もあまり生えていないね」
「そうや、でも電柵を張るから、畔の草だけは刈っておかないと」
「ところで藤田さん、一年中でいちばん好きな季節は?」
「うーん・・・やっぱりこの時期かな。今年はああしよう、こうしようと、いろいろ計画しながら考えるのが楽しいね」
「やっぱりね」
そんな雑談のあと、山下晴生さんの所へ行く道順をノートに書いてもらった(彼にも電話で行くことを伝え、道順もだいたいわかっていたが)。
山下さんは、3年ほど前から藤田さんにアイガモ米づくりの指導を受けている。その当初から藤田さんには彼のことを聞いていたが、初めて出会ったのは昨年の夏ごろ、藤田さんと一緒に田舎元気本舗に訪ねてきた。
愛知県に住んでいた彼は、新規就農の新天地を求めて、ある日、丹波方面に車を走らせた。そして丹波のエリアに入り、現在の地(福知山市)に辿りついたとき、一軒の古民家があると聞き、その場でいきなりその家を購入した、ということだった。その後も1年以上、会社勤めを続けながら丹波に通っていたが、昨年一人で定住した(40歳代の独身)。とにかく愛知県で農業をする気はなく、丹波の風景を見たとたん、「ここだ」と直感したのだという。おそらく山下さんは棚田が広がる光景に魅せられたのだろう。
山下さんの家と思われる前で電話をすると、すぐ迎えにきてくれた。2時からクボタの直播田植え機で2反ほど種植えをすると言っていたその現場は、家からすぐ近くの山間にあった。低い山が迫った谷筋に1反ほどの棚田が続いていたが、南向きなのでとても明るい。
電話で聞いたときは、手で籾種を播くのを想像していたのだが、なんと最新の直播専用田植え機(6条植え)が田んぼを走っていた。
山下さんの話を要約すると、アイガモ米は今年、1町ほどつくるけれど、この田んぼ(2反余り)は慣行農法でやってほしいと近所の農家から委託を受けた。そこへ、クボタの代理店から直播田植え機のモニターをやらないかという話があった、というわけだ。
クボタの代理店さんの話によれば、
「この直播専用田植え機を使えば、苗作りと田植えの経費と労力が75%カットできる。苗作りは時間も経費もかかるし、田植えはいちばんシンドイ作業だから、これからは直播が主流になっていくことは間違いないでしょう。実際、福井県ではもう7~8割は直播ですよ」
メーカーのクボタはこの最新機を売りこむために、代理店を通じて全国でモニター展開をしているそうだ。売値はまだ確定していないが、230万円前後になるだろうとのこと(ちなみに、いわゆる従来の田植え機も値段は同じくらいで、脱着式の直播部品を取り付けさえしたら直播はできる)。
この直播専用の種籾も見せてくれたが、鉄でコーティングしているところがミソらしい(特許?)。この種籾を播くとき同時に肥料と除草剤(サンバード:三井化学)を播き、約1週間で発芽するという。
うーん、たしかにこれはすごい省力化だ。あと10年もしないうちに、この直播が主流になって、従来の田植え光景はあまり見られなくなるのだろうな・・・と想った。
山下さんはもちろん自然農法のアイガモ米づくりを中心にやっていくが、「来年はアイガモ米のほうにもこの直播専用機を試験的に導入してみようかと考えている」そうである。今回はそのために、慣行農法の田んぼで様子を見たい、ということらしい。
「とにかく苗作りはたいへんな労力ですからね。藤田さんはこれを10年以上やってきたんだ・・・と感心しましたもの」と山下さんは言って笑った。
「来年からと言わず、今年から試してみたらどうなの?」と言うと、
「いやいや、少しずつ行きますよ。空いた田んぼはいくらでもありますけど、いっぺんにできません」
田舎元気本舗ではこの秋から、山下さんがつくるアイガモ米を販売させてもらうことになっている。米作りのキャリアはまだ数年だが、藤田さんの弟子だから味も品質もだいじょうぶだろう。
「この辺の棚田は粘土質で、ものすごくいいですよ。だから米もうまいですねぇ!」と、話すことはもういっぱしの百姓であった。
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