コウノトリ育む農法米と無農薬米(上八代営農組合)

古代は但馬も大丹波国
朝来市・上八代営農組合理事長の藤本茂樹さんとは10年来のお付き合い。まだ西宮に住んでいるころ、この村の棚田ボランティアに参加してからだ。

朝来市は、日本三代ねぎの一つと言われる「岩津ねぎ」の産地。藤本さんが組合長を務める上八代営農組合では出荷用の岩津ねぎは作っていないが、いまでも毎年、ねぎ苗を2kgほど送ってもらっている。
7月4日。そろそろピーマンを出荷する時期が来たので、お米の成育を見るためもあって久しぶりに訪ねた。丹波の春日ICから北近畿豊岡道で50分ほど。この高速がなかったら倍ほどかかってしまう。
丹波より北緯はやや上で、冬は丹波より雪が多くて冷えるが、霧が多く発生することや夏はけっこう暑い盆地気候というところは似ている。「米や黒豆など作っても丹波の味には負けん」と、地元の人たちは自慢するが、かつて(古代)この但馬も大丹波国に属していたのだ。戦国時代には、丹波の赤鬼こと荻野直正がこの地を攻め、竹田城を落したこともあった。石垣の美しい雲海の山城として名高い竹田城は、城オタクだけでなくカメラ愛好家も集う一種のメッカになっている。

兵庫県の安心ブランドの基準値より低い 
午後4時に着いて、さっそく棚田のたんぼに案内してもらった。1反余りの田んぼが20ほど段々に連なり、合計3町3反あるという。
「田植えは一人でまる一日かかる」そうだが、平地の田んぼならせいぜい半日ぐらいだろうか。高さ2.5メートルほどある鉄網の柵でぐるりを囲んでいる。これならハイジャンプする鹿もお手上げだろう。
「ここは農薬使用量は75%カットだから、兵庫県の安心ブランドの基準値よりさらに低い」と誇らしげに言う藤本さん。冬の休耕の間はずっと湛水田(水を張っておく)にしているので草があまり生えないという。豊富な水流の山の水もきれいだ。
ここのお米は、隣の豊岡市で始まった「コウノトリ育む農法米」というブランドで販売できる。しかし反収は300kgとして全体で10,000kgにも満たない。
「80%は集落内で消費してしまうから売る量は知れている」と、同組合副理事長で区長も務める藤本稔さんは苦笑い。 
次に、完全無農薬の田んぼにも案内してもらう。その田んぼは2枚で3反弱、隣では減農薬でピーマンを1.5反栽培している。ピーマン畑に散布する農薬がかからないよう、田んぼとの間に壁をつくっていた。

 形のわるいピーマンは家で食べる
ピーマンは7月初旬から霜が降りはじめる11月まで収穫できる。約1000本の苗があるので、ほぼ毎日、組合のメンバー十数人がかりで収穫、選別、袋詰め作業をする。肉厚で大きく形のよいものだけを出荷して、形の悪いものは集落内の各家庭で消費している。
「ちょっと形がよじれたもんや、大きさが足らんもんは、自分らで食べんともったいないでな」と藤本さんは言う。

昔の農家は、出荷用の野菜は農薬をどんどんかけて栽培し、自家用の野菜は別の畑でつくっているという話をよく聞かされた。最近はそんなことも少なくなっているだろうと思っていたが、そうでもないようなのだ。
最近、「出荷用のナスは家では食べん。家用は別の畑でつくる」とある農家さんから聞き、ちょっとショックだった。「市場のほうで形がよく瑞々しいナスを求めるから、農薬をしっかり使わんとできん。そのように指導もされている」と当たり前のように言うのだ。
市場(お店)が求めるということは、そういう野菜(形や大きさの整ったもの)を求める消費者が多いということになる。だから農業の営みで生活のかかった農家も農薬使用を止められないわけだ。
幸い上八代営農組合では、昨年以上に農薬使用を減らす方向で、完全無農薬有機栽培も増やそうとしている。ちなみに、ピーマン畑の収益は150万円が目標だそうだが、
「十数人で割るから結局、10万円ぐらいにしかならん。おばちゃんたちのお小遣い稼ぎや」と言って、藤本茂樹さんは大らかに笑った。
 

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