「おばさんは絶望のどん底にいても、ご飯が食べられるの?」

 アンはおとなしく帽子を脱いだ。すぐにマシューも戻り、夕食が始まった。だが、アンは食が進まなかった。

バターつきパンを僅かにかじるだけだ。帆立貝のような縁飾りをした小さなガラス皿から、林檎の砂糖煮を取り分けたが、フォークでつつくだけで、少しも減らない。
「全然食べていないじゃないか」子どもを知らないマリアは、まるでそれが重大な欠点であるかのようにアンを見つめ、厳しく言った。
アンはため息をついた。
「のどを通らないの。絶望のどん底にいるんですもの。おばさんは絶望のどん底にいても、ご飯が食べられるの?」
「絶望のどん底にいたことなんかないから、分からないね」マリアは無愛想に言った。
「そう、それじゃあ、絶望のどん底って、どんな感じか想像したことはある?」
「ありませんよ」
「じゃあ分からないわね。それはそれは厭な気持ちなのよ。食べようとしても、のどに何かがこみ上げてきて、全然呑みこめないの。チョコレートキャラメルですらだめだと思うわ。二年前に、一度だけチョコレートキャラメルを食べたことがあるの、ただただおいしかったわ。それ以来、チョコレートキャラメルを好きなだけ食べる夢を、しょっちゅう見るけど、いざ食べようとすると、いつも目が覚めるの。だから私がご飯を食べられなくても、気を悪くしないでね。どれもとてもおいしいけど、のどを越さないの」

 出典:『赤毛のアン』L.M.モンゴメリ 松本郁子訳 集英社文庫