胃袋の連帯

人間数千人も集まれば、どこかに無秩序が生まれるものだが、ここでは強制なき秩序あるのみなのである。食い、味わうということに人が傾ける、驚くべき集中力がそうさせているらしい。

労働ではこうはいかない。兼好法師のいう食以外の基本行動、「睡眠」、「言語」でも、これほどうまくはいくまい。数千人もいた日には、いっしょに眠れるわけがなく、話せば終わりなき議論と喧嘩ではないか。
見ていて飽きない。
美女がワニのように大口開け、紳士がひげに食べかすをつけ、頬を風船のように膨らませて奮闘している。
青筋たて、首をうちふって、ものを噛み切ろうとする老人。食べものが通過していく時の、そこだけ別の生きものみたいな、喉のうごめき。
数千の口と胃袋に詰まっているのは、思想でも主義でも主張でもなく、ただ食いものばかりなり。
ああ、人とは、あなたも私も、ものを食う器官なのだなあ、と感に堪えなくなるのである。

出典:『もの食う人びと』辺見庸 角川文庫。1994年に講談社ノンフィクション賞とJTB紀行文学賞を受賞。