『肉食の思想』より

ある時、大勢の会食で、血だらけの豚の頭がでたが、さすがにフォークをすすめかねて、私はいった。
「どうもこういうものは残酷だな――」

一人のお嬢さんが答えた。
「あら、だって、牛や豚は人間に食べられるために神様がつくってくださったのだわ」
幾人かの御婦人たちが、その豚の頭をナイフで切りフォークでつついていた。彼女たちはこういう点での心的抑制はまったくもっていず、私が手もとを躊躇するのをきゃっきゃっと笑っていた。
「日本人はむかしから生物を憐みました。小鳥くらいなら、頭からかじることはあるけれども」
こういうと、今度は一せいに怖れといかりの叫びがあがった。
「まあ、小鳥を!あんなにやさしいい可愛らしいものを食べるなんて、なんという残酷な国民でしょう!」
私は弁解の言葉に窮した。これは、比較宗教思想史の材料になるかもしれない。(『ヨーロパの旅』竹山道雄)
・・・・・・中略。

このような例にくらべれば、日本人の肉食はままごとのようなものである。所得倍増政策のあおりで肉類の暴騰が問題になっているこのごろでも、「豚の頭」や「犢(こうし)の面皮」を食べようとの声は、いっこうにおこらない。おそろしく不経済なはなしである。洋風化したといっても、日本人の食生活と、ヨーロッパ人のそれとのあいだには、なお、根本的なへだたりがある。
         出典:『肉食の思想』鯖田豊之 中公新書(1966年初版)

竹山 道雄(1903717 - 1984615日)
評論家、ドイツ文学者、小説家。日本芸術院会員。
第一高等学校教授、東京大学教養学部教授などを歴任。