講演 映画「よみがえりのレシピ」と山形在来作物研究会の10年

江頭 宏昌 山形大学農学部 准教授・山形在来作物研究会代表 
ひょうごの在来種保存会10周年記念 兵庫県立大新在家キャンパスにて(2013.7.27)


1.在来作物とは

後で紹介する「山形在来作物研究会」が決めた定義によれば「在来作物」とは「ある地域で、世代を超えて栽培者自身によって種苗の保存が続けられ、生 活に利用されてきた作物」である。「在来作物」は野菜だけでなく果樹、穀物、観賞植物なども含む。農業上、その他利用上、特徴が明瞭に区別できる作物の種 類は在来品種と呼ばれる。
野菜の在来品種研究の先駆者である山形大学農学部の元教授、青葉 高先生は、野菜には空腹や栄養を満たす食べ物としての側面があるだけでなく、特に 在来品種にはその来歴、地域の歴史、栽培・利用の文化を伝えてきた文化財としての側面があることをいち早く指摘した。だから戦後急速に消失しつつある「生 きた文化財」として野菜の在来品種を保全することは急務であると高度成長期時代に警鐘を鳴らしつづけたのが青葉先生であった。山形在来作物研究会は青葉先 生の意志を受け継いで発足したものである。
ここで改めて「生きた文化財」の意味を考えてみよう。「生きた」の意味は、在来品種は生き物なので、工業製品と違って地球上から一度消失したら、 やっぱり欲しいと思っても二度と全く同じ遺伝子型を持つ野菜を創り出すことはできない、ということである。また「文化財」の意味は、伝播や利用に関する歴 史や文化、風土を生かす知恵、さらに拡大解釈すれば味や外観、使い心地など、過去の人が感じたであろう感覚、地域固有の感性を、世代を超えて伝えるための メディア(媒体)になる、ということである。
一般的には在来作物なんて言葉は用いずに、野菜に絞って「伝統野菜」と呼ばれることが多い。地方野菜、ふるさと野菜、昔野菜などの名前で呼ばれるこ ともある。「伝統野菜」は近年、そのブランド価値を高めることを目的として、栽培されてきた場所や明治以前から、あるいは戦前からといった期間の長さ、品 質などに条件を設け、自治体や民間などで組織された団体が認証したものを指すことが多い。
一方、「在来作物」は、ブランド価値とは無関係に、野菜、穀物、果樹、花卉などの作物の在来品種の多様性を守るための呼称である。「伝統野菜」が持 つ栽培期間の条件を、「世代を超えて」というゆるやかな条件に変更すると、対象範囲が一気に広がり、例えば農家がある作物に惚れ込んで今、自家採種を始め たものであっても、世代を超えて自家採種で栽培が継承されれば、未来の「在来作物」になりうる。また自家採種を行う人が増えれば風土に適ったいろいろな在 来系統が育成され、地域の遺伝的な多様性を高める機会が増えるといった具合に地域で多様性が生まれ、その保全につながるのである。

2.山形在来作物研究会の設立とその活動

03年11月30日、失われつつある作物の在来品種にもう一度光を当て、その多面的な価値を再評価して利活用を図ろうと、山形大学農学部の教員有志が中心となり、山形在来作物研究会(会長は08年度まで元山形大学農学部教授の高樹英明先生)が発足した。
会の活動はあくまで地元にこだわり、名前に「山形」を入れたので、発足前に会員は三十人集まるのか、百人集まるのかもわからなかった。しかし、これ まで研究者が作ってきた専門的な学会とは違い、高校生や主婦なども気軽に楽しく参加できる開かれた研究会にするため年会費は二千円とした。
会の収入は年会費のみなので、会誌を発行できる予算も確保できるかどうか分からなかった。しかしいざとなれば、自分たちでコピー用紙に白黒印刷し、 ホッチキス止めした会報でもいいじゃないかと居直り、見切り発車することになった。ありがたいことに、当時の山形大学仙道富士郎学長が裁量経費で支援して くださり、会報SEEDもデザイナーさんの協力を得て魅力的な創刊号を発刊できた。会報の名前には在来作物の「種子」を守ると同時に、教育研究、食文化、 農業、食品産業に新しい「種」をまきたいという願いを込めた。
また地元や全国版のメディアが、会の発足と会員募集を伝えて応援してくれた。ちなみに、日本農業新聞の掲載記事をみていち早く入会してくださった一 人が、ひょうごの在来種保存会代表の山根成人さんである。メディアの力のおかげで初年度、北海道から九州まで260名の入会者があった。発足から会員はさ らに徐々に増え続け、現在約420名である。
発足以来、毎年一回公開フォーラムを開催し、全国から毎回150名前後の会員に参集いただいている。フォーラムの内容は、農家の声を聴く、料理・加工品を食べる、採種の意義を考える、保存食を考えるなど。
2005年4月から在作研幹事が中心となり、料理人、県職員などが執筆者となり、隔週で四年間、計100回にわたり山形新聞紙上で「やまがた在来作 物」を連載し、県内の在来作物の来歴や特性、栽培や食文化を丁寧に紹介した。前半・後半、約50回分をもとに、山形大学出版会から07年に『どこかの畑の 片すみで』、10年に『おしゃべりな畑』を出版した。これらの本は在来作物のテキストとして、農や食に関心を持つ多くの人々に読んでいただいている。

3.農家・レストラン・研究者のつながりが原点

山形県の一部の農家は手間がかかる上に、お金にもならない在来野菜の種子をなぜ守ってきたのか。農家を訪ねるたびにその理由を聞いてみると、美味し いから、お世話になった人に食べて喜んでもらいたいから、家宝として伝わってきた種子を自分の代で無くしたくないからといった言葉が返ってきた。
言葉を聞いたとき、在来作物が今あるのは普段は声に出さない農家の良心と想いの賜物なのだと思い知らされた。自分には何もできそうにないが、研究者 としてせめてできることは、そうした農家の今の想いを記録し、今の世間や未来に伝えることではないか。また農家が大切に継承してきた作物や農法の素晴らし さを経済的な価値だけでなく、より広い視野から裏付けを持って評価し、励ますことではないかという想いがふつふつと沸いてきた。(有り難いことに「よみが えりのレシピ」で映像表現されることになった)。
そうした農家の訪問調査を始めるころ、鶴岡市にあるイタリアンレストラン、アル・ケッチァーノのオーナーシェフ、奥田政行さんと親しくなり、一緒に 農家を回るようになった。奥田さんは在来品種も取り入れた創作料理に取り組み始め、市民あるいは全国から評判を呼ぶようになった。もっとも奥田さんの発掘 した食材は、在来作物だけではなく、地元天然の魚、山菜、こだわりの肉、米、野菜、果樹などおびたたしい種類であった。私は新しい在来作物が見つかるたび に奥田さんからその特性を生かした新しい料理を創作してもらった。もし、在来作物を自分の調査・研究や研究会の活動だけで終わらせていたら、今日の在来作 物の広がりはなかっただろう。
本当に美味しい、なくすのはもったいないと思える感動的な在来作物の料理を食べる機会を、より多くの人々がもてたからこそ、在来作物の再評価が進ん だのだと思う。在来作物を用いた新しい食文化を開拓したとして、奥田氏と後述する在作研が共同で2010年5月に第一回「辻静雄食文化賞」を受賞した。

4.在来作物の魅力

在来作物には3つの魅力、多様性、地域の個性、つながりがある(図1)。
<多様性>
時代の価値観は30年、一世代も経つと、大きく変化する。しかし時代の価値観が変化しても、多様な作物とそれを利用する多様な文化が地域に継承されていれば、その時々の価値観に適った作物を利用して産業振興に役立てていくことが可能であろう。
山形を代表する果実、サクランボは時代の価値観が変化して受け入れられるようになった典型的な作物である。代表品種‘佐藤錦’は農家が作りだした在 来品種であるが、最初の交配が行われたのが1912(大正元)年、品種名が付いたのが1928(昭和3)年であった。当時は加工用サクランボが一般的で、 生食用はほとんどなかった。それが1970年代には加工用品種ナポレオンを抜いて生産量が首位になり、交配から約100年、品種リリースから80年以上 経った平成23年時点で、山形県のサクランボ産出額は275億円(全国出荷量シェア72%)である。鶴岡の在来エダマメである‘ダダチャ豆’も100年以 上の歴史を持ちながら旧鶴岡市内で20億円以上(2006年)の生産額を誇っている。それらの在来品種から我々が学べることは、今の価値観に合わないから といって、無価値に見える在来品種を捨てるべきではないということである。
<地域の個性>
いまは個性の時代である。会社でも、学校でも、自治体でも、よそにない魅力をPRしなければ、存在意義が認められず淘汰されかねない時代である。例 えば、観光客がある地域を訪ねて、その季節にその地域にしかない希少な産物を食べられたら、旅の満足度は非常に大きくなるだろう。在来作物は旬があり、そ こでしか食べられないし、地域の物語や(食)文化と結びついたものも少なくない。地域の魅力(個性)を訴えるシンボルとして、これほど有用な手段はない。 地域に伝わる四季折々の在来作物に目を向け、その来歴や特徴をよく知ることは、しばしば地域を活性化するのに役に立つ。また在来作物は、なぜ、そこに伝え られ、利用されてきたのかを多面的に調査すると、その作物と地域の風土や歴史をより深く知るきっかけになることがある。
山形県を代表する在来野菜はカブである。県内の山間地を中心に広く20種類前後の在来品種(写真1)が分布し、郷土色あふれる食べ方もそこに根付いている。江戸時代に書かれた宮崎安貞著「農業全書」(1697)や地元の言い伝えなどから、カブは頻発した飢饉を乗り越えるうえで非常に重要な役割を果たしてきた作物であることがわかってきた。
在来作物の歴史や食べ方を学んで体験し、栽培してきた人や現場を直接訪れると、地域の誇らしい宝に出会えた気持ちになる。こうして多くの地域の人が同じ誇らしい気持ちを持つようになると、在来作物は地域のシンボル的存在になるのだろう。
<つながり>
在来作物が注目されるようになると、それは都市と農村間の交流人口を増やすきっかけになる。そればかりでなく農村の家庭の中でも、例えば孫が小学校 で育てた在来のキュウリを持ち帰ると、祖父母や両親もその味や野菜にまつわる物語で話題になり、世代間で地域の伝統(味、歴史、文化)が継承される場がで きることもある。このように、在来作物は空間的・時間的に人々をつなぐ効用があるといえる。

5.山形の在来作物をとりまく近年の動き

今年13年11月で在作研発足後、満10年になる。その間に在来作物を取り巻く価値観は大きく変化し、在来作物は価値あるものだという意識が市民の 間でも次第に高まってきた。著書『おしゃべりな畑』で詳しく紹介しているが、平田赤葱や山形赤根ホウレンソウのように生産規模が拡大してブランド化したも のもあるが、一方で外内島キュウリ、宝谷カブ、勘次郎胡瓜、梓山ダイコン、漆野インゲンなど、栽培農家が一軒から複数になった例もある。
山形県庁・支庁でも伝統野菜の推進に積極的である。県庁農林水産部6次産業推進課(元新農業推進課)は2011年に「やまがた伝統野菜展開指針」 (詳しくはインターネットで検索・閲覧可能)を打ち出した。県内の伝統野菜を「地域の宝」と位置づけ、認知度向上・文化の継承とともに、種子の保存、生 産・流通・消費の充実、飲食業や観光業との連携も視野に入れて全県的な取り組みを展開していくというものである。伝統野菜の栽培実態はさまざまで、1)た だ一軒の農家が家宝として継承しているものや、2)地域の数軒の農家が栽培し、地元で消費されているもの、3)生産拡大して県外・全国に流通しているもの などがある。伝統野菜を一律に生産拡大に向かわせるのではなく、伝統野菜の特性や現場の状況に応じた柔軟な展開を考えようとする提案である。
鶴岡市は10年にユネスコ創造都市ネットワークの食文化都市への加盟を目指す推進母体として、鶴岡食文化創造都市推進協議会 (http://www.creative-tsuruoka.jp/)を立ち上げ、食文化アーカイブ事業などの多様な事業を推進している。その事業で、 在来作物のレシピ集「はたけの味」、お米のレシピ集「たんぼの味」が刊行(在作研監修)された。「はたけの味」は在来作物を次世代に伝えるためのレシピ集 と位置づけている。なぜなら市内の直売所などで容易に入手できる15種類の作物について3つずつのレシピ、伝統的な料理、家庭で極簡単に作れる料理、若い 世代にも魅力的なおしゃれな料理のレシピが紹介されているからである。
また2012年7月からは同協議会のもとで人材とビジネスを創るための鶴岡食文化産業創造センターが作られた。その事業の一つとして、市民や実需者 に向けた地元の在来作物を活用し、ビジネスに結びつけるための講座が開かれている。山形大学農学部でも同様な講座「おしゃべりな畑実践講座」が10年から 毎年、市民を対象に無料で開講されている。150名以上の修了生が、知識と学んだ仲間のネットワークを生かして社会で活躍している。
11年10月、鶴岡市出身の若い映画監督、渡辺智史氏が山形の在来作物の種子を守ってきた人々のドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」を完成 させ公開した。製作にあたり、委員会を組織し(在作研は入っていないが協力はしている)、費用は市民プロデューサーになりませんかという触れ込みで寄付金 を集めた、山形市民の手作りの映画である。監督がこの映画制作に取り組むきっかけになったのは、在作研の本『おしゃべりな畑』を読んで食と農に関する問題 意識が芽生え、監督の故郷の山形に戻って映画を作りたいと思ったことだという。この映画は山形の在来作物を中心にして、栽培農家、レストラン、研究者、小 学校、加工業者などにスポットをあてながら、食といのちと農の本来的な意味をごく自然に考えさせる内容になっている。映画で、現代人が忘れかけた言葉を農 家がさりげなく語るとき、聴衆者のなかには涙が止まらなかったと感想を述べる人もいる。県内、東京をはじめ、全国で上映が進むにつれて、在来作物の価値に 目覚める人が急増している。すでに北海道から沖縄まで全国2万5千人以上の人に見ていただいたようである。

6.おわりに

在作研が発足して10年。忘れてならないのは、在来作物の種子と利用の文化をこれまで土台から支えて守ってきたのは、効率化の波にもめげずに、また儲けとは無関係に、良心と愛情を持って継承してきた農家であるということである。
その農家のおかげで守られてきた地域の宝、在来作物を、農業後継者がほとんどいない今後の社会でどう保全し、継承していけばよいのか。おそらく普遍的な正解はなく、地域ごとに地域の事情を考慮した創造的な試行錯誤が必要だろう。
最後に、地域を見渡してみると今は経済的価値がないかもしれないが、それが無くなると人間や社会(つきつめれば命)の本質を失いかねない「無名の宝」が多 数ある。健全な里山、伝統知や伝統食、親切と気遣い、故郷の土、景観、文化芸能、神様や仏様も。それらの存続はお金にならないとして、切り捨てられかねな い今日であるが、そうしたもののシンボル的存在の一つが在来作物なのではなかろうか。在来作物の保全と継承を考えることは、そうした「無名の宝」を維持す るヒントにもなるのかもしれない。(図2

本文の関連図表(2点)と写真

提供:ひょうご在来種保存会