忙しさという幻想のなかで

「田舎暮らしはのんびりしていいですね」なんてよく言われたりするけれど、けっしてそんなことはない。畑にはいつも追い立てられている気がするし、夏(6月)になれば秋までは草刈に煽られる。そして今年の10月はことさらに忙しかった。

秋祭りに、イベント(コンサート)、集落の落成式イベント、マツタケ山の防御網作りに黒枝豆の出荷に・・・・その合間には原稿締切に追われ・・・。
ようやく慌ただしい10月が終わりを迎え、ひとまずホッとしているけれど、11月も半ばを過ぎると早くもクリスマスや年末のカウントダウンで忙しない。「忙しい、忙しい」を口癖にする人がそばに来るとなおのこと。でも考えてみると周りは忙しがる人ばかりだ。
だから日がな一日夢見ごちている我が家の犬や猫を見ていると何となく救われた気分になるが、最近おもしろく読んだ『ものぐさ精神分析』(岸田秀)によると、「動物の精神に幻想の余地はない」と断言している。

「そもそも人類は本来の意味での現実を見失った存在である。もはやそれを取り戻すことはできない。われわれは、見失った本来の現実の代用物として、われわれ各個人の私的幻想を多かれ少なかれ共同化した共同幻想をつくりあげ・・・・。
動物において人間の精神に対応するものを仮に精神と呼ぶとすれば、動物の精神は現実と密着している。動物は、終始一貫、現実主義者である。動物の精神に幻想の余地はない」

そしてこうも言う。
「想像力は人類の病であり、欠落状態の症状である」
うーん、なるほどね(この本は1980年代のベストセラーらしいが、いま読んでも新鮮だ)。
ただし、多くの人たち(人類)は、共同幻想こそが現実だと思っている。あるいは現実と幻想の境界がはっきりしない。いずれにしろ人類は、ときには病にもなる過剰な?想像力で文明を築き、共同幻想という「集団的思い込み」で戦争を引き起こす。
しかし、動物には幻想の余地なしというけれど、我が家の犬・猫ちゃんは夢(幻想)ばかりに浸っているようにも見えるのだけど・・・どうなんだろう。そして自分自身は一体どうなんだろう。畑をすると忙しいけれど、これも幻想と言われると、みもふたもないなぁ・・・。  村長