戦国太鼓のような雨続きの日に

雨が4日も続いている。降ったり止んだり、土砂降りになったり、雷が鳴ったり。近くの山から溝に流れ込む鉄砲水がまるで戦国太鼓のような音を響かせている。

台風はどこにいったのか、大風はほとんど吹かなかったが、篠山~福知山間の電車が運休になったり、小学校が休校になったり、いまは川の氾濫さえ心配される事態だ。

例年だといまごろ稲刈りの真っ盛りなのだが、先週末には雨や台風接近の天気予報に、慌てて稲刈りをする農家が多かった。7割方の田んぼは稲刈りが終わっているようだ。残された田んぼの稲はすっかり倒れてしまい、このまま雨が続いたら大変なことになる。
1反の田んぼなら、稲刈り機械で1時間もあれば収穫できる。自動的に脱穀までしてその場で袋詰めもする。でもこの雨ではどうしようもない。今でさえそうなのだから、稲刈り機械もなかった時代の米作りがいかに気苦労な重労働であったか、この雨を眺めながらいまさらに想う。だから高度経済最長期に、都会に出た農家出身の人たちは農村に帰らなくなった。だからこそ「この丹波は極楽ですよ」とぼくはPRする。

雨脚はいっこうに収まる気配がない。昼過ぎには大雨となり「避難勧告もでるかも」とカミさんが言っている。もし避難勧告が出たら、この極楽に引っ越してまる9年間で初めてのこと。予報では今晩あたりから雨は止むらしいが・・・・次の台風が接近しているという。まぁしかし、TPPはこの大雨や台風の被害どころではないだろう。

※追記

昨夜、たまたま人からもらった本を寝る前にぱらぱらと読んでいた。岸田秀著・『二十世紀を精神分析する』(文芸春秋 1996年発刊)。
冒頭からこんな文章で始まっていた。

「わたしは史的唯幻論という説を唱えている。 歴史を動かす最大の要因は幻想であるというわたしの考えをいくらかふざけて、そして実は大まじめにそのように命名したのである。
要するに、すでにどこかで述べたことがあるが、世界は医者のいない巨大な精神病院であり、歴史とは狂った個人、狂った民族、狂った国家がつくってき、つくりつづけているものである。したがって、世界の歴史は合理的現象としてでなく、病的現象として理解する必要がある。この観点から現代を解読してみたい。」

ウーン・・・。現在は天候も狂いはじめている。そして「世界は医者のいない巨大な精神病院」ではなく、「狂った医者も多い」と訂正する必要があるだろう。
ため息をつきながら眠りに入ると、ユメのなかで天使が「ケセラセラ」とほほえんでいた。