「必要ならば農薬を使えばいいという話」 岡本よりたかさんのFBより

「とある農家と話をしたとき、農薬を使うのは後ろめたいので、早朝誰も見てない時に撒くんだよね、と言っていました。その時はさすがに憤慨しました。後ろめたいなら撒かなきゃいい。それだけです。」


コメント:岡本さんの「論法」といい「文章」といい、その直球ぶりがいいですね。ストレートではあるけれど、剛速球ではない。打たれてもいいからと、ふわっとしたカーブのような直球で真っ向立ち向かうところがいいですねぇ。 (田舎元気本舗 平野)

以下、岡本さんのFBの文章

ちょっと、別なところで一悶着があったので、うっとしいかもしれませんが、農法を押し付ける愚行について愚痴投稿します。

グーミンという言葉をよく見かけます。
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この言葉に反応し、見下しているとか、差別用語だと憤慨されている方も良く見かけるのですが、この言葉を使う場合は、自戒を込めて、人間は愚かであると言っているに過ぎないと僕は解釈しています。

事実、人間は愚かな動物だと僕も思っていますので、このグーミンという言葉には特に憤慨するような感覚は持ちません。

人は、自分が信じた事なり手段なりを否定する文章や発言を読むと憤慨するようです。例えば僕が農薬は危険である、肥料を使わなくても野菜は育つといった発言をすると、必ず、そんなことはないと反論される方がいます。農薬を使う農家を見下しているとか、差別的だということだそうです。

僕は、自然栽培ですので、当然、農薬、肥料、除草剤を否定します。それらを使わない農法なのですから、当たり前の話ですし、これは僕が選んだ農法ですので、それにとやかく言われる筋合いはありません。

農薬、肥料、除草剤を使用される方は、自分の発信場所で自分の農法をアピールする発言をすればいいだけで、違う農法の人を説き伏せようとする必要はありません。

とある農家と話をしたとき、農薬を使うのは後ろめたいので、早朝誰も見てない時に撒くんだよね、と言っていました。その時はさすがに憤慨しました。後ろめたいなら撒かなきゃいい。それだけです。

農薬を必要悪だという偽善も嫌いです。悪なら必要ありません。必要だと思うならどうどうと使えばいいだけのことです。少しでも後ろめたいと思っているから憤慨するわけです。

日本の農家は、技術的向上心が高く、日本中ですばらしい農産物を提供している農家が沢山いらっしゃいます。それらのほとんどの農家の方は、農薬を使用します。もちろん肥料コントロール技術は世界に類を見ないほど進んでいます。

そういう人たちは、良い農産物を作るためには、農薬は絶対に必要なものであると信じているのでしょう。言葉の端々で、防除技術について熱く語ってくれます。それは聞いていて心地よいものです。

自然栽培の木村秋則さんとて、農薬を使う使わないは関係なく、いい物を作るという姿勢が大切なんだと諭してくれます。それならば、どちらも受け入れられる言葉です。もちろん、木村さんは農薬を使うなと教えてくれていますが。

議論と押し付けは違いますし、自分が信じる方法を押し付けるのも間違いです。農家であれば、自分が作った野菜を選択してくれる消費者、バイヤー、卸の人たちが答えを出してくれています。その人たちに供給してゆけばいいだけのことです。

ちなみに、愚かな人間であることから逃れたいと行動する人であればグーミンから脱却できます(笑)。

※写真は、木村秋則さんによる自然栽培勉強会の様子

岡本よりたかさんのFB
より