水無月

6月のことをいう 「水無月」 は、 水のない月ではない。 昔の 「な」 は今の 「の」 の意味なので、 「水の月」 が正しい説だそうだ。 田に水をたたえる月。 これが水無月の由来だという。


▼水無月の先日、 吉見伝左衛門についての投書が本紙に載った。 戦前、 市島町鴨庄に農業用ため池を築いた元村長だ。 干ばつから村を救いたいと奔走し、 幾多の困難を乗り越えて成し遂げた。 今も伝左衛門を慕う住民は少なくない。
▼ため池の築造にまつわるエピソードの一つに、 工事中の堤の一角に、 両親の戒名を書いた白木の位牌を埋め込んだ話がある。 夜も明けないうちに家を出て、 人知れず位牌を埋めた。 位牌は、 工事の完成を祈願した人柱だったのだろう。 ため池にかけた覚悟のほどがうかがい知れる。
▼幕末の儒学者、 佐藤一斎に 「すべて事業をするには、 天に仕える心を持つことが必要である。 人に示す気持ちがあってはならない」 という意味の言葉がある。 ため池の築造に周囲が抵抗した時も、 伝左衛門は、 正しい事業ならば必ず天が味方してくれると信じて疑わなかった。 白木の位牌は、 そんな天へのメッセージだったのか。
▼水無月が終わると、 文月になる。 「ふみ月」 は、 稲の穂がふくらみ始める月、 「ふふみ月」 の転との説がある。 伝左衛門は今、 天から村の豊作を願っている。(Y)

丹波新聞 コラム「丹波春秋」2013年06月27日 より