タンポポの恋と、恋する人類の未来を想う

造形的・幾何学的に美しいタンポポの種子(果実)と綿毛。この綿毛がパラシュートとなって四方八方に種を運ぶ。なんと巧みな戦略だこと。



 パラシュートとなるこの綿毛は、蕚(がく)が変形したものだという。
「蕚は、雌性細胞を保護するために自然が城塞にならってその周辺に張り巡らした堂々たる保護装置、最後の防壁なんだ」(『恋する植物』より)。
ニレやトネリコ、シデ、カエデ、シナノキなどの種子も膜状の翼で飛ぶそうだが、乾いた果実を動物の体毛に付着させて旅する種もあれば、鳥に果実を食べさせてフンから落ちる種もあれば、逆にトゲのある鎧のような皮に守られている種もある。とにかく“恋する植物”の種たちの戦略はお見事というほかにない。

 受粉というメカニズムにしても、恋する植物の自然法則に基づいている。動物の近親結婚にあたる“自家受粉”では子孫を繁栄させる(実をつける)ことができない。そこで植物たちは美しい花を競い、昆虫たちを誘惑して、蜜を吸わせて他花受粉をさせているわけだ。
自家受粉をする植物(インゲンマメ、エンドウマメ、ラッカセイなどの豆類)もあるにはあるが、ほとんどの植物は他花受粉であり、「自然が自家受粉に助けを求めるのは、必要にせまられたほんのときおりのことで、たとえば他花受粉が失敗した場合だけにかぎられることもある」そうだ。
ところが、いくつかの属の花粉(タバコ、アスパラガス、テンサイ、カバノキなど)は、「受精しなくても発芽するだけで大人の植物を形成できる胚とつくるという、不思議な特性をもっている」という。
「この驚くべき現象は、生殖細胞であれなんであれ、細胞ならどの細胞でも、その核のなかに、それが属する種の遺伝プログラムをすべてもっていることを、ぼくらに思い出させてくれる。そして、少なくとも理論的には、どの細胞も潜在的に、性現象をへなくても新たな個体を生むことができるということも・・・。足の指からとった一つの細胞で、あるいは受精に関与していない一つの精子だけで、赤ん坊をつくる日がいつかくるのだろうか?・・・・。SFの仮説みたいだけれど、不条理なものではない。そうなれば、恋愛もおしまいだ」
30年も前に書かれたこの本は、iPS細胞の実現を予言しているわけだが、恋する人間はもとより動物も植物たちも遺伝子の混交(結婚)を好むことは自然の摂理なのだ。
熱い恋ができないなんて、失恋もできないなんて、あまりにかわいそうじゃないか。その一事からして、遺伝子組み換え種子がいかに自然の摂理に反したことであるか! 
快晴の午後、星の爆発をも連想させるタンポポの種子を眺めつつ、恋する人類の未来を連想したのでありました。