恒例儀式「篠山春日能」に想う

今年で40回目を迎えた篠山春日能(4月13日)。丹波に移住してから毎年観にいっている。今回で9回目、まるで通過儀礼の儀式のように。


  例年桜が満開のころに催される篠山春日能は、寒いときもあり、ぽかぽか陽気の年もある。昨年は花冷えで風も冷たく、初めて観にきたらしい人たちはその寒さに耐えかねてか、途中で帰る人も少なくなかった。今年はすでに桜は大方散っていたが、それでも時折、舞台に花吹雪が舞って、哀れな美しさを演出した。
朝から温かい陽気だったが、それでも寒さ対策は万全の準備でのぞんだ。カイロはまた忘れてしまったけれど、今回初めて、保温ポットに熱燗の山名のお酒を2合ほど持っていった。開演前に、持参した缶ビールを飲みながらおむすびを食べ、お酒を飲んだ。帰り道は妻の運転だから、ありがたいことだ(ゴメンね)。
今年の演目は、「蝉丸」「延命袋」(狂言)、「石橋」。いずれも初めて観る演目なので、もらったパンフの短い解説を読みながら「蝉丸」を観ていたが・・・。大学の先生が書いているその解説文がなんとも難しいというか、味気ない文章だこと。自説を論文調で自分を納得させている。
 「・・・中世において会者定離(出会った者は必ず別れる)の仏教思想表現と考えられていたという。能には、ほんの一部を引用するにすぎないが、実はこの歌こそ《蝉丸》全体の隠れた典拠ではないだろうか。・・・複数の別れも、蝉丸を定点とすることも、歌の内容に合わせるためと思えば納得しやすい。さらにいえば、中世の説教に見られる「本地物」(ほんじもの)のように、蝉丸・逆神両神が人間であった時の苦難の物語という意味合いも持っているように思う。云々・・・・」
能(古典芸能)を観賞するならおきちんと勉強をして来なさい、と言われたらそれまでだが、何を言っているのかよく理解できなかった。
要するに、「逢坂山に捨てられた盲目の弟蝉丸(ツレ)と髪が逆立つ病を持った姉逆神(シテ)が、琵琶の音を介して偶然出会い、再び別れていく。《蝉丸》は、それだけの物語である」そうなのだ。
想うに、戦乱や災害や飢餓などが常態であった中世・戦国の世においては、この蝉丸のような不条理な別離は日常茶飯事であったにちがいない。能の洗練された様式美、この世とあの世が一瞬でつながる幽玄美などはたしかに素晴らしく、世界に誇れる古典芸能ではあるけれど、当時の人々は難しい解説など不要であり、ただ単純に感情移入して涙したり笑ったりしたにちがいない。本来はそういうものだったはずと想うのだ。
狂言「延命袋」はいまで言えば、まさに漫才のコント。今も昔も変わらない、こわーいオカミサンの話で、いたって健康的な笑い。
 狂言で笑い、しだいにお酒が回ってきて、ぼうっとしながら「石橋」舞台の流れを歴史絵巻物のように眺めていた。思わずうとうとしかけると、妻がひじで軽くつついたので顔を上げると、桜吹雪が勢いよく舞台のほうに流れている。そして歌舞伎の衣装のように派手な赤・白の獅子が真正面で見栄をきっていた。イヨ、ダイトウリョウ、と思わず叫びそうになった。
能・狂言は、その初めは貴族や武士階級が酒を飲みながら楽しむ社交場の芸能だったが、やがて農村にも広がるにつれ庶民の娯楽となったのだ、とほろ酔いの気分のなかで想うのだった。したがって、2人で8000円(前売りチケット)はちと高いけれど、新緑の田植え前の儀式として来年もまた熱燗の酒をもって来るに限るなぁ、と自分自身を納得させたのでありました。