福島発:原発事故後の伊達市での被ばくと健康被害と自主避難について

「高い線量について、いつから知っていたのですか」と尋ねたところ「前々から知っていた」と教頭の口からいわれた。「皆さんに公表すると動揺するからしなかった」と。(本文抜粋)

校長から「学校は、最善のことをしている。そういった中で、このように心配されるお母さん方の期待にはこれ以上寄り添うことは出来ません。私たちは、公務員ですから。」と言われてしまいました。また、「他に私立の小学校もある」というようなことまで言われてしまいました。(本文抜粋)

以下、南相馬市の小澤さんからのメールです。


田舎元気本舗 平野さま
そして、Bccの皆さま

 南相馬市の小澤です

伊達市のお母さん(福島集団疎開裁判の陳述書)と南相馬市のお母さん(拝啓関西電力様)の声です。原発事故さえなければ…悲痛な叫びの元は、全てが人災がらみです。

引用文は、二回に分割して投稿いたします。

2012年12月、福島県伊達市(だてし)の特定避難勧奨地点は解除されました。南相馬市は、私たち住民の抗議(2012-11-19、11-21、11-28の3回)と満田さんや皆さんのマラソン中止活動のお手伝いもあって、解除には至りませんでした。

私は、解除どころか新たな指定を国に要求しています。避難の権利は、万一の将来に備えて、被曝者手帳を貰うようなものだと考えるからです。

以下、伊達市のお母さんの思いです。引用させていただきました。伊達市でも、保身に走る無知で無責任な公務員の対応が理解できると思います。

放射線量率μSv/hがμ/hと表記されています。

http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2013/03/17.html

仙台高裁に、2月22日、重要書面として緊急に提出した証拠の1つとして、伊達市に住むお母さんが、3.11以来どのような被ばくと健康被害の中にあるのか、また自主避難についてどう思っているのか、率直に語ったものです(公開用に、個人情報を削除してあります)。

陳 述 書
2013年2月22日
福島県伊達市‥‥○○○○

目 次
1、自宅、学校の高い線量と学校の対応について
2、特定避難勧奨地点の解除とその支援
3、被ばく量データーと体調不良について
4、避難について
5、まとめ

1、自宅と避難先及び学校の高い線量について

我が家は、福島第一原発から約50キロくらいの伊達市○○町にあります。夫、私、長男(○歳。小学○年)、長女(○歳。幼稚園 )、次男(○歳。幼稚園 )祖母の6人家族です。我が家は平成23年(2011年)6月に特定避難勧奨地点に指定されました。

平成24年10月に、自宅敷地の除染を実施しました。しかし、除染が終わっても室内で0.4μ/h前後はあります。また、屋外でも地上1㎝で0.5μ/h前後、50cmで0.64μ/h前後、1mで0.66μ/h前後あります。(平成24年10月19日に測定した、別紙の伊達市による放射線量測定記録)

除染をしたにもかかわらず、宅地内にはいまだに2μ/h前後の場所が数カ所あります。地上より上に行けば高い線量が出るのは、周りの線量が高いからです。
除染前は、室内で0.8μ/h前後、窓際で2μ/h前後、宅地内には40前後~70前後μ/hの場所が数カ所ありました。

また、平成23年6月、線量計で初めて測定した時は、室内の中央でも1.8前後μ/hありました。寝室も同様です。また、窓際や天井に近づけると2・8前後μ/hでした。
除染のやり方ですが、表土をけずりとる。ホットスポットに関しては線量が下がるまで掘るが1μ/hを切れば掘るのをやめそこに土をかぶせる。まるで、埋め立てです。
また、屋根の洗浄はせず、雨どいをペーパーで拭き取る。コンクリートは線量が高くても削り取る作業などは一切していません。高圧洗浄機も一切使用していません。

除染担当の西松建設にも除染についてなど話しました。「伊達市に伝えます」と言ってもらえましたが、返事がないので直接伊達市へ行き話をしましたが、全くわかっていないようでした。ただ、「国が決めたから、市としては何とも言えない」と言われました。

長男が通う小国小学校ですが、事故後高い線量だったためその年の5月に校庭の表土をはぐ除染が行われました。しかし、いたるところにいまだに高い線量が見られている状態です。

平成24年(2012年)9月19日に保護者あての学校からのおたよりには「197μ/hありましたが、除染で3.9μ/hまでさがりました」とあったので驚き学校へ問い合わせました。3.9μ/hで除染完了ではなく、もっと下げるように依頼しました。しかし、いまだにそのままです。

また、電話で「高い線量について、いつから知っていたのですか」と尋ねたところ「前々から知っていた」と教頭の口からいわれた。学校の敷地内の線量を一番把握しなければならない保護者には何も知らされていなかったことが分かりました。
これについて、教頭は「皆さんに公表すると動揺するからしなかった」と言ってきました。

平成24年7月にもPTA、CRMS(市民放射能測定所)、きれいな小国を取り戻す会の方々にて測定されていたが全く公表しようとしない。その後、平成24年10月19日に「Aエリア小中学校の空間線量率モニタリング」調査結果についてのおたよりが配布され、線量の高さに驚きました。学校敷地内でも2μ/hに近い数値の場所がいたるところにあったからです。

そんな時、持久走大会及び練習についてのアンケートがきました。それをきっかけに学校の線量を測定させてもらうことにしました(平成24年10月26日)。その際、保護者4名に対して校長から「学校は、最善のことをしている。そういった中で、このように心配されるお母さん方の期待にはこれ以上寄り添うことは出来ません。私たちは、公務員ですから。」と言われてしまいました。また、「他に私立の小学校もある」というようなことまで言われてしまいました。

その後、このときの測定結果を(私以外の人から)学校に対し、「受け取って下さるならば保護者に公表してほしい」と依頼しました。しかし、測定結果は受け取ってもらえず、そのまま突き返されました。

その年の12月5日PM14時30分より息子の個別懇談があり学校へ行った際、校長に教室の出入り口にて呼び止められ「10月の測定結果がほしい」と言われる。測定結果を学校に提出したのに受け取らず返還してきたことなどを話したのですが、「一度も受け取っていない」と言い切り、しまいには、「それを出さないと○○(息子)がいじめられますからね」とまで言われてしまう始末でした。

私は、「測定結果を公表して頂くのはありがたいです。それでは、その測定結果を作成された保護者の方にも御連絡入れて頂きたい」と校長に依頼しましたが、その後、学校からは一向に確認の連絡を入れようとしません。その後も、電話や息子の連絡帳で「確認できたのですか?」とたずねていますが、学校からは、何の返事もない状態です。

平成24年度が始まり4月20日の総会の際に、教頭から「1日に1時間を目安に屋外活動を行う方針である」と言われた。保護者の思いを一度も聞いていないのにどうしてそのように決まったのか納得がいかず、小国小学校の保護者全員にアンケートを実施しました。アンケートの結果はさまざまではありましたが、不安に思っている、注意してほしいといった方が多かったです。気にしていないわけではないとわかったので学校に要望書を6月13日付で提出。その足で教育委員会にも提出しました。

 平成24年6月28日19時~20時に、学校で、私たちの要望書に対する学校からの説明がありました。その内容は、「学校移動もしくは、屋外活動の際の移動授業などは、移動のための時間、経験のない場での安全確保、事前指導を考慮すると相互の時間を要する。現在使用していない学校は総合支所の管轄にある。『あびる必要のない線量は、あびさせない』の考えのもと、今後も指導が伴わない場合は、屋外活動を控える。屋外活動の参加について活動時間をへらしてほしいというお子さんについては、屋内での活動を工夫する。」というものでした。校長、教頭は保護者の前でこのように約束しました。

「地域の除染が始まったらどうするのか」という質問に対し「除染中は屋外活動を控えます」と答えましたが、実際には、地域で(住宅)除染が行っていようと、その間も運動会(一部の競技のみ)持久走大会、そして日々、野外授業1時間目安で取り入れておりました。
持久走の練習の際、私の息子は屋外で思い切り走りたい思いを我慢させるのがとてもつらかったです。屋内での活動を工夫して頂けるとばかり思っていましたが、息子は昇降口で見学だったようです。
また、ひょうたんの栽培も2μ/hあるフェンスに棚をつくり収穫まで手入れをさせていました。収穫時は1~2年生は喜んでひょうたんをなめていたようです。
野外へでるならガラスバッチを持参して欲しいと学校にお願いしてもいっこうに実行されませんでした。風が強くても、野外で活動していました。

安心で安全な学校生活をして頂きたく、できることをしていただきたかったのですが、結局、学校の教師は他人です。そして、ただ仕事をしに学校にきているだけです。
子供の将来などを口では思っているように話しますが、先のことを考えて行動してくれる先生ばかりではありません。

学校での一部始終を保護者が見ているわけではありません。教師の心の中には、どうせ保護者はみていないのだからという気持ちをもって働いているようにしかみえません。
いくら頼んでも、いくらお願いしても無駄ならば、せめて線量のない所で学校生活を送らせたいと思います。

2、特定避難勧奨地点の解除とその支援

昨年12月14日に特定避難勧奨地点が解除というニュースを13日の夕方に初めて知りました。その後、伊達市より解除の通知が届きました。住民として相談会や説明会があるのだとばかり思っていましたたが、いまだにその通知はありません。ただ、12月25日付で特定避難勧奨地点解除後の支援措置についてのおたよりだけが届きました。地域から市に、説明会の開催や早すぎる解除の要望書を提出していますが市として実施することは考えていないようです。

 今年1月24日、湯田健一伊達市教育委員会教育長より学校を通して避難している小学生に対して特定避難勧奨地点指定解除に伴う今後の通学支援についてと学校からおたよりが配布されました。特定避難勧奨地点に指定された我が家は23年7月、線量がより低い伊達市の○○町に避難し、そこから小国小学校まで、タクシーで通学していました(タクシー代を伊達市が支援)が、解除に伴い「特定避難勧奨地点」からの避難している児童生徒に対するタクシー送迎Aエリアの除染は本年3月末までに完了することから、避難先より自宅に戻られても影響のないレベルになりますので、タクシー送迎代の支援は平成25年3月末をもって終了といたします。とのことでした。民間借り上げの制度は平成26年3月まで利用できるにもかかわらずタクシー代の支援がなくなるという事は、自宅に戻れ。戻りたくないなら転校しろと言われているものと同じです。

平成24年10月に自宅の除染が終わったと同時に自宅周辺の線量を測定したところ、除染をしたところは上記のような線量でしたが、除染した場所としていない場所の境界線は1m地点で0.8μ/h前後。していないところを測定すると1㎝で2.5μ/h前後だったり土手などは3.5μ/h前後という高い線量がみられました。
そのような場所に戻り生活すれば、除染していない高い線量の場所に行かず、除染した宅地もしくは室内だけで生活できるはずがありません。

いろいろと考え、仕方なく息子を転校させるしかなくなりました。昨日2月15日に転校手続きをしに伊達市教育委員会に行きました。
また、特定避難勧奨地点の解除が納得いかず、昨年12月末に主人が伊達市に行き市放射能対策政策監付半澤隆宏次長に「自宅に戻れとは30年気を付けて生活しろということか」と聞いたところ、「そうです」との返事でした。