PUは死とたわむれるモノの道

GOが、自由を求めた永遠の少年であることはこんな文章にもよく現れている。

私は「害のある事、利のない事、苦しい事、不可能と云われる事」をやるコトを最上のタノシミにするトム・ソーヤーの冒険を愛する。この冒険心のないモノは[自由の敵]である。
私は、人生をオモシロイ冒険談や童話をかくための材料と心得ているモノである。

右は、「純正精進食はしなくていい」という文中にあり、斎藤武次さんが他のコピー資料とともに送ってくれた。斎藤さんの手紙によると、戦後GOが開いた私塾MIで学んでいた時期(昭和29年12月)の『コンパ47~48号』に掲載されている。
昨年秋、斎藤さんは日本CI協会の七林秀郷君とともに丹波の拙宅に遊びにこられた。その晩、酒を呑みながら楽しく語らっていると、こんなGOのコトバがあると斎藤さんは言った。 
PUの道は死と戦う道ではない。PUは死とたわむれるモノの道だ。
「えっ、スゴイ表現ですね。その資料を送っていただけませんか」と、ぼくは斎藤さんにお願いしたのだった。GOは次々とオモシロイ言い回しをするが、「私の云うことを金科玉条とするのはマチガイである」とも書いているように解釈は自由である。何よりも自分の頭で判断する自由人を育てるのがGOの喜びであったのだ。
それにしても「死とたわむれるモノの道」とはドキッとさせられるほど意味深い。これはGOレター680信(1954年12月4日)にあり、『コンパ97~98号』に掲載された。時にGOは62歳、第一期世界武者修行で「シュバイツァーと世紀の対決」前のインド滞在中に送られてきたGOレターだ。
斎藤さんのコピー資料の中には「1947年、丹波の山奥で百姓詩人ノセ君から・・・」という文面もあった。なんとその百姓詩人は、同じ集落で親しくしている能勢英一さんの父親だった。
拙著『桜沢如一。百年の夢』が出て半年ほどたった頃、
「あんたの本なぁ、3冊買って友達にもあげたでナ」
土とたわむれる“百姓哲人”の英一さんはそう言って、深い笑いジワを見せるのだった。

永遠の少年GO・平野隆彰
「Macrobiotique 2013年2月号」より(日本CI協会発行)

註:GOとは・・・ジョージ・オオサワこと桜沢如一。
PUとは・・・桜沢如一が唱えた「無双原理」のこと。