姫路発:種に旅をさせよう

「農業の自立は種採りから」という岩崎政利さん。講演を聴いてじんわりした感動・感銘を受けたのは久々のことだった。


2月17日、姫路の県立大で開かれた「ひょうごの在来種保存会」主催の講演会には、およそ200名が集まった。顔ぶれはまさに老若男女だが、あるいは30代前後の若い世代の方が多いかもしれない。午前10時から夕方の五時まで、長い講演・セミナーにもかかわらず、みな熱心に聞き入っていた。市内のしゃれた料理店での懇親会にも多くが参加し、おいしい料理とお酒で夜遅くまで会話がはずんでいた。

 最初の講演は船越建明さん、「自家採種で在来野菜を守ろう」。
(財)広島県農林振興センター「農業ジーンバンク」の技術参与という肩書だけあって、きわめて技術的・専門的な話だった。いかにして種が交雑しないように「在来種」を守り続けるかということを淡々と語る。風媒花・雌雄異花・完全花など野菜の種類、花粉の粘り気などによって種採りの方法がちがう。優良種子を調製して、きちんと貯蔵すれば数年どころか何十年も生き続けるという。種の神秘と多様性など、興味のつきない話であったけれど、理科の授業を受けているような感じで、ときおり居眠りをこいでしまった。

「種をあやして30年」という岩崎さんの講演は昼食後だったので、最初のうちはすぐ眠気におそわれかけた。だが、うつらうつらと聴いているうちに、朗読するような、呟くような静かな語りにもかかわらず、ときおりのさりげない詩的表現には、おもわず唸らされ目と頭が冴えてきた。 
「私の大好きな野菜のひとつに五木の赤大根があります。この大根のルーツの椎葉村を訪ねました。800年の歴史の中で、平家大根として守られ続けていました。その種を守っていた椎葉クニコばあちゃんと一緒になってその種をあやして、その種を両手で握りしめたときに、なんとすばらしいものか、感動してしまいました。そして種を守り続ける大切さを、この種から学ぶことができました。
よく守られ続けてきたね。800年も。その種が今私の農園に生育しています。」
子どもをあやすように種をあやすのだという。プロジェクターで映像を見せながら語る「平家大根」にいたっては、鼻のあたりがジーンときた。
「私がいちばん関心があるのは、隣のじいちゃんやおばあちゃんたちが、さりげなく作り続けている、守っていかなければ途絶えてしまいそうな、さりげない種です。
そこに種を守る人たちがいたから伝統野菜が育った。
今まさにこの自然界から消えようとして、人に救って欲しいと願っている、さびしい種。
長い間、休眠していた種はとまどう。種も旅をしたいんです。種は旅をしながらそれぞれの地域・風土に生きていけばよい。
種の自家採種をしてこそ農家の自立があると思います。両手いっぱいに帰ってくる種、ここにすべてが凝縮しています。
農家は野菜の花を捨ててしまうけれど、種になる前に花がいっぱい咲きます。私はいっぱい咲いた花が神様のように見えるんですね。採種のためには畑に花を咲かせないといけません。
花も茎も枯れはてて、いまにも倒れそうになった野菜。この瞬間がいちばん美しいなと思うんですねぇ・・・」
野菜の花が神様に見えるとか、枯れはてた瞬間がいちばん美しい、と。こんな言葉をさりげなく語れる百姓は、全国広しといえども数えるほどだろう。
この日参加した人たちは、おそらくほとんどの人が有機・無農薬農業をやっているか、関心のある人たちばかりと思われる。知り合いの若い篤農家も何人か来ていて、その一人は「10種類くらいの野菜は自家採種している」と言っていたが、岩崎さんの徹底ぶりとその情熱には脱帽しっぱなしの様子だった。
現状では、大半の農家は自家採種をおこなわず、種苗会社に頼りきっている。しかし在来種野菜への関心は、食や環境意識の高い消費者の側からも高まりつつある。
「ひょうごの在来種保存会」の活動に刺激を受けて、三重県や千葉県にも保存会が発足するという。「ダイコンは9種、カブは18種類」を採種したという岩崎さんのマネはなかなかできないけれど、「旅をしたがっている在来種」は各地域のネットワークを通じて、じわじわと広まっていくにちがいない。拡がれば広がるほど種は交雑していく。けれども、そのことを恐れるよりも(純粋な固定種を保存するジーンバンクはジーンバンクの役割はあるけれど)、固定在来種として地域に根付くことのほうが大切で、種採りで農業の自立をはかることのほうが大事、というのが岩崎さんの信念であるようだ。そこには、自然界の生物多様性に生かされ、「野菜の花が神様に見える」とつぶやく百姓の実体験がある。
いま日本で普及している野菜の多くが外来種で、100年、200年をへて地域の風土にあった固定種になり食生活を豊かにした。その一方で、草花の外来種が日本古来の在来種を駆逐するという現状があり、また、地域の特産ブランド品となった種は外に出したくないということもある。だから岩橋さんは、「この野菜の種、ほしいなと思っても口には出せませんね。そんなときは心に強く思っていると、伝わったりするんです」と言って笑わせた。とにかく種自体は、子孫繁栄のためにも旅をしたいだろうけれど、「種交換」においては、それを守ってきた人たちの宝物をいただくという気持がないといけないのだ。
「ひょうごの在来種保存会」代表の山根成人さんの了解のもと、丹波の若き篤農家二人とぼくは、岩崎さんが持ちこんだ3種類のダイコンをそれぞれもらいうけた。ぼくが預かったダイコンを岩崎さんに見せると、椎葉クニコばあちゃんが守り育てた五木の赤大根(平家ダイコン)ではなく、「佐賀の女山大根」だという。ちと残念に思ったが、「これはまだ種が固定する途中ですけど、それだけに面白いですよ」と岩崎さんは言ってニッコリ笑った。

「種を採ってレポート提出することが条件」と山根さんには言われている。他の2種の大根から種を採る篤農家ふたりと、種交換を約束もしたので、責任重大である。
村長 平野