「森の神々は農作物の出来を左右する」

今日(26日)は10時から丹波里山くらぶの作業日。前回と同様、メンバーのYさんの山の手入れをしながらシイタケ栽培のために

ナラを数本伐採した。
枚方に住むYさんは10年以上前から週末農業で丹波に通っていたが、数年前、古民家を購入して週末に行き来している。そして3年前、丹波里山くらぶのメンバーになってから、とうとうこの山を買ってしまったのだ。丹波市に隣接する京都府三和町の山だ。広さは3反(約3300㎡)ほどらしいが、山の3反というとかなりの大きさだ(購入額は内緒だが、おどろくほど安い)。
昨年、野花志郎さんの指導で中腹のナラを伐ったが、二人だけでは下まで降ろすのがたいへんなので、その場で菌を植えこんだのだという。現場に案内されたが、シイタケはまだ出ていなかった。周囲の雑木を伐り払っているので日当たりがよすぎる。このままでは乾燥してしまうので、黒い寒冷紗(日よけ、雨水を通すシート)をかぶせておかないといけない。
「いやぁ、ここまでシイタケを取りに来るのがたいへん。一度、山のなかで迷った経験から、山の怖さを知った。一人では怖くて、よう来れん」と都会人のYさんは笑う。それでも山持ちになりたかったのだ。その気持、分からなくもない。死後の魂は山へ帰ると古代の人は信じた。潜在意識の奥底で、山の精霊や神々が呼んでいるのかもしれないなぁ・・・。
シイタケ木は長さ1メートルほどに伐って、2カ月ほど寝かせてから菌を植える。樹齢40~50年のナラは、根元の直径が30㎝以上もあって、二人でも担ぐことができないほど重たい。菌を植えて市販されているシイタケ木は、直径10~15㎝が普通で、半年~1年でシイタケが生えてくる。その代り、木の寿命はせいぜい3年くらい。太いほどシイタケが出てくるのに時間(1年半~2年)はかかるけれど、大きくて立派なものができるし、木の寿命も倍は延びる。
この日、参加メンバーは7人。竹藪におおわれた麓を、細木も伐り払える草刈り機で刈ってからナラを数本伐り倒した。その場で長さをそろえて伐り、ドーンと斜面にころがし落とす。山仕事は冬にかぎるが、昼の弁当を食べているとたちまち汗が冷えて寒くなる。焚火でしばらく温もったが、寒いから作業をしようということで、10分ほど休憩してから午後3時まで木と向き合い、木と対話しながら無心に作業を続けた。
「倒れるでえぇー、どいてよー」合図の声がして、太い木が地なりをあげて倒れる。その伐り口を手で撫でながら、ふと未開人の気持になる。 
「未開人にとっては、この世界全体が生命ある存在で、樹木や植物も例外ではなかった。未開人は、樹木と植物にも人間と同じように霊魂があると考え、人間と同じように扱っていた」(J・G・フレーザー 図説「金枝編」
「森の神々は農作物の出来を左右するので、大きな農業祭では必ず森の神々を讃える儀式がおこなわれる」(同書)
里山くらぶでは儀式こそしないけれど、森の神々に感謝しつつ作業をしているのは確かだ。
150本以上のシイタケ木を伐り出して軽トラ4台に積みこんだが、なにしろ太い木が多いので積みきれない。往復40分はかかるし、もうすぐ日が暮れる。しかたないので明日、ぼくと志郎さんで残りを取りに来ようということに。
しかし森を出るとき、粉雪がちらつきはじめた。明日は雪にうもれているか・・・。

◆メンバー募集しています
NPO丹波里山くらぶの作業はいまのところ冬期だけで年間5~6回。山仕事は、畑仕事とはまた違ったおもしろさ(痛快さ)があります。里山くらぶのメンバーはみな気持のよい人ばかりですから、関心のある方はどうぞ気兼ねなくご参加を。
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