丹波発: 酒を初めて発見したのはサルである

「平野はん、天然麹のどぶろく、いつでも取りにきてよ」
百姓哲人の能勢英一さんにずっと前から言われていた。

自家製どぶろく歴は40年近いが、「稲穂についた天然の麹菌」からつくったのは初めてだと、英一さんはやや興奮ぎみに話していた。その話も聞きたくて訪ねた。
12月24日、午後5時頃。薪づくりが一段落ついたので、家から徒歩10分ほどの英一さんの作業小屋を訪ねた。達磨ストーブを囲んで近所の人と焼酎を飲んでいた。
さっそく白い液体をコップについでくれた。
「陶芸家の柿右衛門さんは気に入らん作品はみんな割ってしまったそうや。ワシも自分の思い通りのどぶろくが出来んかったら、畑にほかしてしまおうと思うて作ったんや。まあまあの出来やと思うたけど、平野はん、アンタが飲んでみて不味いと言うたら、全部畑にほかしてしまうでな」
ちょっと芝居じみた口上を笑いながら話す。まず一口飲み、
「うーん・・・、なかなかいけますね」とぼくはあっさり言った。ちょっと甘酢っぱい。ところが2口、3口飲んでいくと、ほんのりとしたフルーティな味が口にひろがった。
どぶろく作りは、販売しないかぎり法には触れない。丹波では遊び心で自家製どぶろくをつくる人がけっこういるので、よくいただいたりするが、こんなに旨いのは初めてだった。
「いや、これはうまい! 香りがいいし、上等なワインみたいですね」
こんどは少し力を入れて言うと、英一さんは満足げな顔をした。
「で、英一さん、その麹菌というのはどんな?」
待ってましたと、英一さんは得意げに話す。
「去年、放任栽培のワシの田んぼの稲穂で見つけたんや。黒い色したエンドウ豆ぐらいの粒でな。『現代農業』で読んだ覚えがあって、こいつは麹菌やと。そいつを10粒ほど封筒に入れておいて、今年はそれを使ってどぶろくを作ってみたわけや。お米を蒸して、60度以下に冷ましてから、麹菌の塊をつぶして混ぜたんや。真っ白な麹ができたんで、餅箱に入れて常温で保存していたら、黄色からだんだん濃くなっていって、黄土色から茶褐色になった。この黄色の麹で酒をしこんだら、そりゃ、きれいな山吹色の酒ができるでな。昔の酒はそんな色をしとったわ。今の酒は、醸造アルコールや砂糖や何やかんやと混ぜおって、あんなの酒やないわ」
だから酒好きの英一さんは、どぶろく作りの名人になった、というわけだ。これまで薬局にある市販の麹菌を使っていたが、今年初めて天の恵みである天然麹菌を使ったので、自然人の喜びはひとしおなのだろう。ご機嫌の英一さんは神妙に語る。
「酒をはじめて発見したんは人間やのうて、サルやでな。岩のくぼみに柿がたくさん落ちて、自然発酵したのをサルが見つけて飲んだんや。だからサルの顔は真っ赤やろ。そいつを人間が見てサルの真似しよったんや。これは気持がエエのうというわけで酒をつくりだしたんや」
そんな話を聞きながら、どぶろくを飲むピッチがあがっていた。
「へぇー、酒はサルが発見したんですか?」
すぐに冗談とわかったが、5秒ほど信じかけたのは、どうやらどぶろくが回ったらしい。これはやばい、真っ赤な顔のサルになる前にと、どぶろくの小屋に案内してもらい、1升瓶につめてもらった。
ついでに、正月用にと、自家製白みそもいただいた。とにかく何でも作って遊ぶ人で、「このおかげでずいぶん楽になったわ」と指さすのは、蒸し大豆を練り出す器械。タダでもらったという粘土をこねる器械に手製部品を加えて改良したそうだ。
英一さんの父親は、マクロビオティックの創始者・桜沢如一と手紙の交流があったらしい。「野上野の公民館にも桜沢如一が講演に来たと聞いている」と英一さんは言った。なんとまあ・・・、如一は講演やセミナーで全国を駆け回っていたようだが、こんな片田舎にも来ていたのだ。英一さんが拙著『桜沢如一。100年の夢』を3冊も買ってくれた(最近になって知った)というのも、そういうわけだったのだ。これもまた不思議なご縁だなぁ・・・。

家に帰ってからもどぶろくを飲み続けた。アルコール度数はビールぐらいか? 飲めば飲むほどに、上質なワインのようにまろやかな味わいがある。そこで、コップからワイングラスに変えて飲み続けたのだった。
3年前、小豆島の杉樽しこみの醤油工場を取材したおり、その建物の外壁全体が真っ黒なのは、何とか菌のせいだと聞かされた。醤油が完熟するとその菌が自然に消え元の外壁色になるのだと聞いて、2度驚いた。醤油、味噌、酒、漬物に納豆、そして流行りの塩麹・・・・・日本の発酵食はまさに健康食。
いや、まったく、英一さんのこだわりもサルことながら、菌の力というのは実にたいしたもんだ。実際、あらゆる生命はさまざまな菌とともに生かされている。

トップの写真「稲穂の麹菌」は、google 検索の
ブログ:毎日、完全発酵(して生きたい日記)より
http://kanzenhakk.exblog.jp/9231736