念ずれば花ひらく、よ

アメリカ・オレゴン州から来ていたブルーノ(舞流宇之)が、丹波に2泊して帰る日、彼の前途を祝して、

色紙「念ずれば花ひらく」の前で記念撮影。
この色紙は、15年ほど前、四国の仏教詩人・坂村真民さんのお宅を取材で訪ねた折に頂いたもの。我が家の玄関にずっと飾っている。この意味を妻から聞いたブルーノは「ああ、そうだね」と納得していたようだが・・・。
ブルーノはこの春結婚した日本人女性をアメリカに迎えるため、3週間の休暇を利用して来日した。彼女の永住権がまだ降りていないので、この31日に、東京のアメリカ大使館で面接してその手続きをするのだという。その日の晩、新幹線で岡山の彼女の実家にもどり、ブルーノは1月4日にひとり帰国と、何とも慌ただしい(遅れて彼女は1月末までに渡米)。相変わらず、ブルーノは舞流宇之らしく、舞いながら宙を流れている。1週間は韓国の友人を訪ねてから、友人のいる堺市や天理市、岡山、丹波、東京、岡山へと移動した(する)。
「往復の航空チケットよりも日本の電車賃のほうが高いよ」と笑っている。

 12月22日、夕方から神戸田舎俱楽部のオデンパーティー。前日からわが家に来ていたブルーノと友人4人とともに参加した。あいにく夜になっても小雨は止まず、Iターンした近所の家族も20数名参加した忘年会パーティは、テントの下で真夜中までにぎわった。10時頃には雨はあがり、焚火で暖をとりながら星を眺めつつ語らう。
 ホスト役の乾勇二さんをはじめ俱楽部メンバーは前日から準備にかかっていたのだろう。オードブル、おでん、茹でカニ、アユの塩焼き、五目御飯など、盛沢山のメニューに呑み放題(参加費わずか1000円)。それにしても乾さんのポスピタリティにはいつもながら感心させられる。「熱い人だね。公務員に対する認識が変わったなぁ」と、友人の岡田さんは笑って言った(乾さんは神戸市職員)。
この晩は、神戸田舎俱楽部の1部屋に4人で泊まり、翌日はブルーノ、岡田さんと3人で昼前に福知山温泉へ。京都に帰る岡田さんとは福知山駅で別れ、それから数時間後にブルーノを黒井駅まで送った。
「優しいゆみちゃんと、やっと出会ったよ」と、ブルーノは車での移動中、何度も同じこと繰り返して言っていた。彼は、我が家に着くや否や、ぼくのパソコンのスカイプで、闘病生活中のアメリカのマザーに電話する孝行息子だ。セカンド・マザーを求めてさまよった彼の18年間を知っているだけに、念ずれば花ひらいたね、と祝したい。
駅に着いたときは発車時刻30秒前。慌ただしくブルーノとハグをして、電車の窓越しに「バイバイ」をする。愛すべき“永遠のチルドレン”のブルーノスマイルと別れるときはいつもながら、わさびが効いたように鼻がツンとする。