自然の恵み コレデイイノダ!の冬仕度

田舎暮らしの醍醐味のひとつは、薪ストーブの薪作り。力仕事で危険も伴う作業ではあるけれど、貧乏性のせいか薪がたまっていくと豊かな気持になるんだなぁ・・・。

土曜日は時々小雨がパラついていたけれど、近くの山の倒木が前から気になってしかたがない。この1週間で寒さが増し、薪ストーブをがんがん焚きだしている。そろそろ薪燃料を確保していかないとアカン、というわけで、倒木を伐り出しにいった。
 そして日曜日の今日(2日)は、畑でまだ青い小豆を採ったあと、干し柿用の柿を採りにいった。小豆はこの急な寒さで青いさやのままだ。こんなことは初めてのこと。
柿は、すぐ近所の家の庭にある大木だ。昔、丹波ではどの家も手造り味噌をつくっていたし、醤油を造る家もすいぶんあったというけれど、最近はとにかく手間のかかることをやりたがらない。だから、家庭にあるイチジクも渋柿も、やがて熟してカラスの餌になるばかり。
「もったいないなぁ・・・」と何気なく(物欲しげさを隠して)言うと、
「なんぼでも獲ってよ」という返事がたいてい返ってくる。
 そこで、2週間前も150個ほど獲って干し柿をつくった(せっせと妻が)。まだ、柿の木には何百個も残っているので、気になってしかたがない(貧乏性のせいか欲が出て)。
で、今日も薪作りの前に、妻とふたりで獲りに行った。前回は梯子に登って獲ったが、もう手が届かないところにあるので、高枝の枝を挟み込んで折る長い竹棒を用意していった。梯子に登り枝を折って、下にいる妻が補虫網で受け取る。ふたりの呼吸がなかなか合わず、柿を何度も地面に落としている。木にも登ったが、柿の枝は折れやすいので恐る恐る。昔と違って、地球の重力を繊細に感じる年頃なのだなぁと思う(年だなぁ)。
100個ほど獲ったところで引き上げて、次は山道をふさいでいた巨木の倒木を伐りにいく。その倒木は細い樹にもたれているので、まず支えている樹の根元を伐ると、ずずっ、ずずっと倒木が動き出す。このときの反動が危ないのだ。山の斜面でチェーンソーを使って樹を伐るとき、木が倒れた瞬間に跳ね飛ばされて落命した、という話をよく聞かされている。あるいはチーンソーが跳ねて、顔や足に当たって大怪我することもある。実際、ヒヤッとしたことは何度もある。だからこの作業に慣れるほど危険だ。
チェーンソーのエンジンを何度も止めながら、慎重に慎重に、少しずつ伐っていった。この大木1本で、20日分ほどの薪ができそうだが、大木はまた別の樹に寄りかかってしまった。とりあえず塞いでいた山道を通すことができたので、4分の1ほど伐ったところで止めにした。
 そして庭で薪割り。薪割りのナタはアメリカ製で、刃がない楔型の重さだけでドスンと振り落として割る。パカーンと、一発で割れたときの快感が続くと、しだいにアドレナリンと汗が吹き出してくる。無心に、夢中になる。真夏には絶対できない冬の娯楽スポーツである。
夕方、暗くなりかけたところで薪の山ができた。昨日の分と合わせて約2週間分の薪燃料だ。ああ、満足満足。コレデイイノダ、と。ノドが乾いたので、「なんぼでも獲って」という隣家の甘柿を4コ食べる。冷気でよく冷えてほどよい甘さの果肉がジュース代わりになる。
妻のほうは庭の枯草枯葉の整理のあと、籾の木に梯子を使ってクリスマスツリーの飾り付けをしていた。8年前は膝くらいの高さだった籾の木だ・・・。
 残っていたシゴトを思いだした。倒木に生えていたキノコと、庭のシイタケ木にびっしり生えていたキノコを、マリオさん(山崎春人さん)に鑑定してもらうこと。その話をすると、腰痛に悩む和章さんが「ワシの家のキノコもついでに鑑定してくれ」と言って、鑑定料にと自家園の梨を持ってきた。
マリオさん宅へ車で10分。鑑定結果は、倒木に生えたのは毒キノコ(ニガクリタケ)、家庭のやつは「ナラタケもどき」で美味しい、和章さんのは「ヌメリスキタケ」でこれも美味しい、とのこと。鑑定料にと梨とキノコを渡すと、「今日もらった」という天然自然薯をおすそわけにいただいた。こういう思わぬ物々交換も田舎暮らしのうれしさだ。
夜、「平清盛」を観ながら夕食(さっそくナラタケを鍋に)、そして夜なべ仕事で柿の皮剥き。7個ずつを7連、タコ糸にむすび、熱湯消毒してから屋外に吊るした。外に出たついでに、暗い薪小屋の薪をまたしげしげと眺めては、「今日はたっぷり仕事をしたなぁ・・・」と自分で自分を褒めているのでありました。
ご褒美に、サンタクロースはわが家にもきっと来てくれることでしょう。