天橋立「股のぞき」で大丹波国を体感す

丹後半島はやはり「大丹波国」発祥の地。天橋立で「股のぞき」をしながら、つくづくそう思うのだった。

 11月25日~26日、網野町の民宿に1泊して、旬の松葉ガニ・カニスキーを堪能した。メインの目的はそれだったが、せっかくだからと、なかなか会えない人にも会ってきた。
石笛(いわぶえ)の名手・大浦勝鬨さん、賢ちゃん農園の平林賢さん、丹後古代の里資料館の館長・三浦到さんの3人である。

昼前に家を出て、天橋立の近くのレストランで昼食をとったあと、そこからほど近い大浦さんのお宅を訪ねた。昨年秋、とあるイベントで大浦さんの石笛と竹笛を聴き、深い感動を受けた。また機会があれば聴きたいと思い名刺交換をしたところ、自宅は天橋立のすぐ近くだという。というわけで、カニスキーの日程の1週間ほど前に電話を入れると、どうぞ自宅にお出でくださいと快い返事をいただいていた。
1時間あまり楽しい会話のあと、妻とふたりだけのために、神棚の前で奉納演奏をたっぷり半時間余り。音色のことなる天然石の3種の石笛にしろ竹笛にしろ、まさに神降ろしの神韻たる音色は途切れなく、いつ呼吸をしているのかわからない。「祝詞を唱えながら吹いている」と聞かされ、うーむ、なるほどと思った。「般若心経でもやってみたが、うまくいかない」と言うのに、再度なるほど。心経は漢語の和訳だから言霊がちがうのだろう。空手で長年鍛えた肺活量らしいが、後でお年は75歳と聞いて2度びっくり。
「演奏を録音することをよく人にすすめられるけど、デジタル録音ではこの音色を再現できないので断わっているんです」と言っていた。ぼくも録音CDでもあれば欲しいと思うが、目の前のライブで納得した。 
竹笛を初めて聞いたときは尺八を吹いているのかと思ったが、節をくりぬいただけの空洞だった。むろん自分で考案して作ったもので、膝の前に穴のあいた太い竹筒を置いて、その穴に竹笛を近づけたり離したりして音を共鳴させるなど、演奏にも工夫を凝らしている(ぼくも竹笛をつくりたくなった)。この音色に惚れたいろんな楽器の演奏家たちからコラボ共演の話がくるというのも頷ける。
一見怖そうなお顔だが、いたって話好きな方で、笑うと可愛い(ぼくもよく人に言われる)。共通の話題も多かったが、病み上がりということだったので、またの来訪を約して2時間あまりでお暇した。

このあと日本三景の天橋立へ。ぼくは昨年も友人とバイクで訪れているが、妻は小学4年生の遠足のとき以来だという。籠神社からケーブルで股のぞきの名所? 笠松公園に。昔を思い出した妻ははしゃいで何度も「股のぞき」をやっていた。ぼくもつられて何度もやったが、逆さ風景は、頭から天孫降臨したみたいでおもしろいね。
晩秋の風は心地よく、空は明るく晴れ渡り、湖のように穏やかな海面に青松や山の紅葉を映し出している。360度見渡しても、逆さに見る光景も、ここはまさに楽園だと、海を渡った当時の渡来人も思ったにちがいいない。
元伊勢と言われる籠(この)神社、籠神社に残る日本最古にして国宝・海部(あまべ)氏の系図、天孫降臨神話、倭宿祢命(やまとすくねのみこと)、羽衣伝説、熊野郡、峰山町にある「丹波」の地名、巨大な古墳群などなど、丹後半島には古代の歴史ロマンがあふれている。ヤマトの国ができる前、この丹後半島・但馬(豊岡市や朝来市など)・丹波を合わせた大丹波国だったのだ。そんな歴史を知らなくても、股のぞきで風景を眺めていると、おのずと渡来人のルーツに思いが馳せる。
この夜、日本海の見える民宿(網野町字小浜)でカニ料理のフルコースを堪能した。普段、ふたりでは酒があまりすすまないが、甲羅のカニ味噌に熱燗を注ぎ、ついお調子にのって5合も呑んで久しぶりに酔った。
雑炊を食べ終わったから、ふと気付いた。めったに口にできないカニの刺身に始まるフルコースのカニ料理の写真を撮っていなかったことを(ご馳走は黙々と食べるにかぎる)。

 翌日、天気は一転して冷たい小雨。京丹後市の賢ちゃん農園の平林賢さんに会ってから丹後古代の里資料館へ。
資料館のすぐ前に式内社・竹野(たかの)神社があり、境内に接して全長190メートルの前方後円墳・神明山古墳があり、また周辺には古墳や古代遺跡が点在している。
竹野神社は、第9代天皇開化天皇のお妃となった竹野媛ゆかりの社で、裏寂れてはいるけれど、向唐門という珍しい中門の構えからして高貴な雰囲気を漂わしている。残念ながらゆっくり見る時間もなかった。気候がよくなったら、今度はバイクで周遊したいものだと思いつつ、小雨にけむる神明山古墳を後にした。