天空の唐辛子を何とか世に

9月3日に赤唐辛子が送られて来た。真っ赤に熟れた唐辛子に今年も感動。昨年の秋に、稲尾実さん(80歳)の標高500メートルの棚田で

作られた韓国唐辛子原種を分けてもらった。
 早速、味噌屋の小松屋さんに持ち込み麹付けを教えられたとおりに作る。出来ました、美味しいKaramiの和製泥ソースが出来たのです。
「美味い。」すぐに来年も作ってくださいと稲尾さんに依頼の手紙を書きました。そのとき、初めて稲尾さんが、42歳でカリフォルニア州ホリスター市ヒルクレスト・ロード249にある大関サンベニト酒造の初代杜氏だと知りました。僻地農業を継いで、棚田の高地農業とその当時の厳しい酒造労務の人生を切々と、便箋5枚に小さな文字でびっしりと書き込まれた手紙が届きました。
その手紙の終わりに、
「― 元の百姓にかえって、わが半生はといえば「地下足袋人生、そして、未完成交響曲」であったと自問自答しております。どうか平井様をはじめ諸先様もお体には気をつけて頂き今後とも宜しくご指導くださいますよう、お願い致します。そして、今見る田畑も次々と自然に帰っています。まさに隔世の感を禁じ得ません。どのような時代になっても醸造と米作りは不滅です。今日は鉢伏山に初雪が降りました。これから4ヶ月冬眠生活に入ります。雪国の不便さを身に感じながらー平成22年11月22日」
   引き続き作ってほしいという私の依頼に、3年目の赤唐辛子が。最初の収穫17.5kg、その後47.9kg、19 kg・・と約束どうり約100kgほどが、整然と並べられた真っ赤な唐辛子が届きました。今必死でカプサイシンと戦いながら、種と身を分ける作業をしています。一通の手紙と、初めてお会いした小代高原の稲尾農場での、切々と語る80年の人生訓を目の当たりに、何とかこの赤い実を金に変えねばと今、試行錯誤で取り組んでいます。来春には完成した形で、ご披露できることを確信しています。                           保存会世話人 平井 誠一

この唐辛子の由来
2008年この唐辛子の種が韓国から送られてきたときの感動は今も鮮明に残っています。
10年も前からキムチ用唐辛子の在来種の種を何人かに依頼していたのですがやっと手に入りました。いまは韓国でもほとんどがエフワンにとってかわられています。親交のあった鄭萬哲君が「おとうさん、やっと手にはいりました」と送ってくれたもので、向こうでは「デファ草」と呼ばれているそうです。平井さんの応援で小代高原と浜坂の標高500メートルの高地で栽培されております。独特の性質や味が生まれてくるのを楽しみにしております。山根 成人
                       (ひょうご在来種保存会 通信第16号より)