これでいいのだ。

「天才バカボン」はお見舞いに最適

 シュールリアルな漫画、赤塚不二夫の「天才バカボン」には腹がよじれるほど笑わせられた。シリーズ全巻を5回以上は読み直しているが、その都度、笑える。ただ、ストーリー展開が分かっているので、笑う回数はさすがに少なくなった。
 

天才バカボンに登場するキャラクターは、みながそれぞれ強烈な個性をもっている。全員が偏執狂的だ。だから面白い。いつも竹箒をもって「レレレのレ、お出かけですか」とあいさつする掃除おじさん、シュールで無意味で極端で、現実に存在するようで存在しないハチャメチャキャラクターだ。すぐピストルを発射する警官も、間抜けな泥棒も、バカ田大学の同級生たちも、みなその辺に居そうで居ないキャラクターだ。

ミッチー&ラッキー

 「これでいいのだ!」。天才バカボン・パパの決め台詞は、くよくよ、もやもやした気持ちをスッキリさせる。その心理的効用を考えてのことか、先日、妻は「天才バカボン」を数冊持って、入院している近所のお年寄りの見舞いに行った。昨年、夫を亡くし一人暮らしである。これまでも妻は、小説やノンフィクションの本を持って見舞いに行っているが、「天才バカボン」に敵う"お見舞い本"はないだろう。


「天才バカボン」には、顔とシッmitchi&lucky.JPGのサムネール画像ポがうなぎに似たうなぎ犬も突然登場する。これも掃除おじさんと同様、脇役キャラクターではあるけれど、不思議な存在感があるのがおかしい。どう考えてみても、うなぎと犬の遺伝子合体はありえない。その意味でも、赤塚不二夫自身が、まさにシュールな奇才・天才の合体だ。
犬と猫の合体ならまだありえる。3年前に「道の駅」で拾った我が家の愛犬ミッチーは、昨年暮れ、庭に迷い込んだラッキーと仲がいい。2匹ともメスだが、ときどきじゃれ合ったり、恋人のように身を寄せて日向ぼっこしている。微笑ましくも癒される。これでいいのだ!