福島県公表2kmメッシュ空間線量率の汚染地図

南相馬市に赤が多いことが気がかりだと思います。あろうことか、2011年9月30日、日本政府はこの赤く表示されている、原発から20kmを超え30km圏内の「緊急時避難準備区域」を全て解除したのです。(小澤洋一さんのメール抜粋)


田舎元気本舗 平野さま  Cc伊丹さま、大西さま

福島県南相馬市の小澤です。いつもお世話になっております。
黒大豆の枝豆が届きました。ありがとうございます。さっそく、今回の放射線モニタリングに協力をいただいた押釜行政区長の末永さんとモニタリングチームの宿泊拠点となっている曹洞宗岩屋寺星見さんにおすそ分けさせていただきました。

「南相馬押釜地区・環境放射線モニタリングプロジェクト」改め「ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクト」は、10月6日~8日にかけて、首都圏から10数名、総勢20数名で南相馬市押釜地区の環境放射線モニタリングを実施しました。遠く奈良県からの参加もありました。次回は、11月23日~25日にかけて南相馬市片倉地区のモニタリングを実施いたします。その下地作りとしてメーリングリストに流した情報を送付させていただきます。

福島県が公表している2kmメッシュのγ線空間線量率です。ふくいち原発から北西に向かって赤く汚染されている、いつもの汚染地図とはイメージが違うと思います。
ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクトでは、40m x 50m のメッシュですから、単純に考えると福島県の汚染地図の2千倍もの精度になります。
この汚染地図は、福島県が2011年8月から9月にかけて、日立アロカのTCS-172Bで空間1メートルの放射線量率を計測したもので、原発から20km圏内の警戒区域と飯舘村などの計画的避難区域は計測対象外、まるでマスキングしたかのように見えます。

赤の矢印の先端は、私小澤の自宅、福島県南相馬市原町区馬場です。矢印の右上(北東)が押釜地区、また、矢印の下(南)で20kmラインに接するのが片倉地区です。宿泊拠点の岩屋寺は片倉地区から3kmほど右(東)に位置しています。
南相馬市に赤が多いことが気がかりだと思います。あろうことか、2011年9月30日、日本政府はこの赤く表示されている、原発から20kmを超え30km圏内の「緊急時避難準備区域」を全て解除したのです。
除染が終わってから住民に帰還を呼びかける他の町村と、先に帰還させて一年以上も高線量地域に捨て置き、未だ除染が進まない南相馬市とは真逆の位置関係にあります。

2011年4月22日に設定した緊急時避難準備区域を、7月には解除したかった日本政府や南相馬市との攻防の結果、長引かせることができましたが、期間は3ケ月にも満たないものでした。そして、12月、日本政府は原発の冷温停止宣言をしてしまったのです。
南相馬市は、緊急時避難準備区域の解除で学校が再開し、避難者が戻ってきました。テレビなどでは、南相馬市は 0.3μSv/hとウソ吹き、多くの市民が騙された訳です。果たして、ここに住んでいていいのか、再避難は再び原発に異常がないとできない、津波で流された家を再建しているので何があっても避難などあり得ない、放射能を忘れてここで復興を果たさねばならない…思いはさまざまですが、一番の問題点は放射能のことを勉強していない中での判断や決断であることです。そして、このことを憂いる私たちは余計な不安を煽るオオカミ少年の立場にあることです。これらに関して、MLメンバーの率直な意見をお聞かせいただければ幸いです。

以下、本MLの三宅さんにご尽力いただいた動画を参考にしてください。

南相馬市:住民意向を無視する桜井市長
http://www.youtube.com/watch?v=XzAVltx2fwc

南相馬市のミステリー
http://www.youtube.com/watch?v=4G-yP1bLO6Y&feature=email