奄美・夢の島を想う その1(7回連載)

なぜ奄美へ
 いまだに夢のようである。奄美へ行ったことも、夢の島の美しい海や原生林も・・・。丹波にまだ猛暑が訪れる前、7月6日~9日に奄美の海と山のなかにいて、焼酎づけになって帰ってきた。


こんな機会がなければ
きっかけは、ひょんな出会いだった。
3月のある日、丹波市春日町庁舎を出たとたん、親しい知人(山崎和加子さん)とばったり出会い、「そこで絵の展覧会をしているから、観ていって」と誘われた。
お付き合いのつもりで、幻一さんの彫刻絵の展覧会を観る。その絵もさることながら幻一さんのユニークな個性とお人柄に魅かれた。その日の晩、山崎さんの家に呼ばれて幻さんと飲みながら話した。そして今回、3泊4日の「奄美ツアー」に同行することになったというわけである。幻さんは奄美観光大使として、年に1度はツアーを実施しているという。
奄美に、これといった目的があったわけではない。できれば、ほんものの良い食材・食品を見つけたいが、そんな時間はなさそうだし・・・、団体ツアーはあまり好まないけれど、「こんな機会がなければ一生、奄美に行くこともないだろう」、そう思って参加することにした。
7月6日8時頃、伊丹空港に着いたとたんにハッと気付いた。カメラがない!ついでに携帯の充電器も忘れていた。どこへ旅行するにもカメラだけは忘れたことがないのに、こんなドジは初めてだ。出発前夜、納期の迫った仕事で半ば徹夜したのがいけなかった。
慌てて宿泊予定の奄美のホテルに電話して、宅配便は本土から何日で届くかを訊ねた。2~3日はかかるという。家からカメラを宅配で送ってもらうことを諦め、展覧会準備のため先に奄美へ入っている幻さんの携帯に電話を入れた。
「ぼくは展覧会の会場にずっといるから、ぼくのカメラをお貸ししますよ」
やれやれ!こんな調子で奄美に行ったせいもあり、いまだに奄美の日々が寝ぼけたような記憶の底に沈んでいる。

幻一さんの応援団10名と
いま手元に、『奄美 夢島』というフリーペーパー(雑誌)がなぜか3冊もある。A4変形サイズで60ページ、詳しい地図、観光スポット、土産物など、まるごと奄美の観光ガイドブックだ。紙が薄いのでポケットに畳んで入れやすい。ホテルに置いてあったのを外出するときにもらって出かけ、メモをとったり汚れたりしたので、その都度新たにもらって3冊になった。
一人旅をするときは自分でコースプランを考えながら動くので、どこからどこへといったという記憶が残っている。だが、今回のツアーはすべて現地の人任せであったので、手元にある観光ガイドブックをよくよく見直さないことには記憶をたどれない。
参加者はぼくを含めて11名。幻一さんの後援者・ファンでもあるみなさんは気さくな方ばかりで、ほんとうに楽しく・愉快・快適な旅だった。ただし今、はっきり思いだされるのは、毎晩地元の焼酎を飲みながら、いつのまにか血がさわぎ、歌ったり踊ったりしたことだけである。
それだけでなく、鮮烈な感動もあった夢島・奄美を、忘れないうちにゆるゆると思いだしていきたい。自分の寝ぼけた夢をさまし、奄美へ再び行くためにも。 (つづく)

※ ここに掲載の写真の大半は(ごく一部は平野)、ツアー参加者の一人、友重隆雄さんからお借りしたもの。旅から帰って10日ほど後、200枚ほどの写真をプリント・ファイルしてCDとともに送ってくださった。ここに改めてお礼いたします。
ちなみに、幻さんにお借りしたカメラで写真を撮っているが、あまり出来栄えはよくない。やはり普段使い慣れたカメラでないとだめだなぁ・・・。