食品は生きているから劣化する

 6月もまた忙しい

  6月は雨が多いので、天候を見ながらの作業です。サツマイモの定植や残った野菜苗も植え付けます。雨が多いと草もどんどん生えてくるので除草作業にも追われます。畑が湿ると機械での除草の困難になるので手で除草しながら作物が草に負けないようにしなければなりません。田んぼでは一旦水をおとし苗を成長させる中干しも始まります。
 玉葱、ニンニク、馬齢薯の収穫も6月になります。保存しながら継続出荷できるので、各生産者ともに大量に作付けしています。梅雨の晴れ間に収穫するので大変です。収穫が遅れると雨でずるけてしまうこともあります。収穫後も乾燥したところに長期保存しなければならず倉庫が玉葱、ニンニク、馬齢薯でいっぱいになってしまいます。
 玉葱は保存状態が悪いと夏の暑さでどんどん腐り、多くのロスがでます。馬齢薯は影になる涼しいところに保存します。保存場所に少しでも光が入ると全体に青くなって食べられなくなります。また倉庫の温度が高いと腐ってしまいます。ニンニクは長期保存のために紐でくくって吊り下げます。玉葱、ニンニク、馬齢薯の保存作業がありますのでこの時期雨が降っても十分作業があります。

 

 プロの技? 放射線での保存

 品質を保ちながら保存することはとても大変なので、できるだけ早く出荷したいのが農家の本音です。馬齢薯は長期化すると芽が出て出荷できなくなるので秋まで出荷が終わればうれしいです。馬齢薯は芽が出ないように放射線をかけることがあるそうで、そんな芋は恐ろしくて食べられません。
日本では農産物や加工品に放射線を使用することは基本的に食品衛生法で禁止されています。しかし1974年から放射線をあて芽止めされたジャガイモが例外として認められ市販されてきました。また、2006年には大豆イソブラボン、2007年にパプリカ、2008年にマカ(健康食品)に不当に放射線をかけ販売されていることが発覚した事件も起こってます。今年5月の中日新聞には名古屋の中国から輸入された乾燥シイタケが放射能照射されたことが発覚した記事もでています。また、全日本スパイス協会が香辛料等94品に放射線照射を認めるよう、政府に働きかけているようです。

 放射線分解性生成物
 食品に放射線を当てることで殺菌、殺虫、熟度抑制、発芽阻止を可能にします。しかし食品の成分である物質の分子から電子がはね出され、化学的に不安定になり、「放射線分解性生成物」が作られます。1998年、ドイツ・カールスルーエ連邦栄養研究センターの調査では放射線照射でできる化学物質をラットに与えると、細胞内の遺伝子が傷つき、強い発ガン増強作用があると発表しています。その他、食味の低下、奇形や染色体異常、生殖器異常、死亡率の増加に繋がるなどの研究報告もあるようです。
ジャガイモは放って置いたら芽が出るもの。青菜もレタスも時間が立つと萎びるもの。食品は長期間経つと腐るもの。餅はカビるもの。食品は生きているので死に向かって劣化するのが当たり前。その常識的なことが我々の周辺から変わってきています。腐らない牛乳は高温殺菌処理がされていて、本来、牛乳の中に住む有効な微生物が無くなり、高温処理することで牛乳が「こげ」により、発がん性が高まると言われています。減塩の漬物には保存料が使用されています。市販のサラダは野菜が劣化しないよう、消毒剤の入っている水に漬けて店舗におかれます。注文通りに卵が出荷されるのは養鶏家同士で転売するのが業界の常識で市販の卵が本当にその養鶏場で生産されたかどうかは疑問です。  
スーパーの青菜やトウモロコシがしゃっきとしているのはオゾンが放出している冷蔵室に置かれているか、塩水処理がされているためです。塩水処理では長めに水に漬けるので栄養分が流れます。腐らないミカンにはワックスがかけてあり、カビがはえない餅には保存料が使用されています。こんなことは挙げていったらきりがないくらいです。

 劣化していくのが自然
 生産者も製造者も不自然に食品を加工することが当たり前で、それが「プロ」と呼ばれる生産者、製造者です。グルメブームで消費者は「経験」と「感」で不可能を可能にしている職人があたかも存在しているように思わされてないでしょうか。自然の条件や状況を「感」で熟知している昔ながらの職人は食品製造業界からほとんど姿を消し、人間の食べ物を家畜の餌のように製造し人間に食べさせる食べ物工場が当たり前になってきています。
本当は食品が時間がたてば劣化していくことが自然なのに、劣化しないことが常識になってまかり通っていること、注文通りに揃うことに疑問を持たねばなりません。このことは消費者サイドにのみならず製造者、生産者サイドでも利益優先や流通の利便性に重点を置いて不自然な方法で保存期間を延ばすことが常識になってきています。だからこそ生産者と消費者が出会い、本来の食べ物のあり方を求める必要があるのではないでしょうか?

(市有研便り 09.6月号より)