「関西花の寺25カ所」のあじさい寺で

桜が美しいのは、散り際のいさぎよさがあるからだろう。そのはかなさが日本人の美意識として昇華している。その点、七変化のあじさいは散り際が・・・

   関西花の寺の第1番札所・観音寺(京都府福地山市)はあじさい寺として有名である。今日、ご住職との相談を終えて、本堂を出ようとしてときだった。
大窓のガラス越しに、中高年らしき3人の女性が等間隔に並んで後ろ姿のシルエットを見せていた。逆光になった大窓の枠が、絵画の額縁になっている。はっとして立ち止まり、カメラを向けた。
本堂北側の傾斜地に、満開をすこし過ぎたあじさいの群生を眺めながら会話をしているようだ。普段着のようだから近所のおばさんたちだろうか。
「山門のあじさいはしおれているけど、ここだけはまだきれいに咲いているわね」 
「ほんに。いつもなら枯れているのに・・・」 
「このところ、ちょっと寒かったから花が持ったのね」
「枯れる寸前のあじさいも、こうして見ると風情があるわねぇ・・・」
「そうねぇ、わたしたちみたいに七変化して」
「ほんまに、あははっっ」
そんな明るい声が聴こえてきそうな、時間が止まった名画のような“シーン”だった。(村長)