司馬遼太郎記念館を訪れて

司馬遼のエッセンス『二十世紀に生きる君たちへ』 
 GW中は、地元の「れんげ祭り」のあとも畑や庭仕事に大工仕事で心地よく汗を流した。そしてGW前後の1カ月ほどの間には、出版関係の仕事で近鉄奈良線の八戸ノ里に数回通いつめていた。5月8日はその流れで、司馬遼太郎記念館を訪ねることになった。記念館の庭には亡くなる前の書斎がそのまま保存されており、作家が好きだったという雑木林の新緑が5月の陽光に輝いていた。


「日本人とは何か」

たしか10年ほど前になる最初のときは超人的・圧倒的な作家の秘密を垣間見た感じだったが、2回目の今回は、人間司馬遼太郎の体温と創作の原点に直に触れた思いがした。
創作活動のために集めた資料の蔵書は4万点という。そのうちの2万点を収めた高さ10メートルもあろうかという壁一面の本棚を見上げると、たしかに圧倒されるのだが、視線を落としてガラスケースに展示された万年筆や十色ほどある校正用の色鉛筆、直筆の原稿や色紙などを眺めていると、そこはかとない人間の体温が伝わってきたのだった。
「無私」と書かれた色紙に目をとめた。達筆ともいえない文字だが、気負いも飾り気もなく、いかにも自然体という感じである。その文字の左側に、細筆でこれもさりげなく、「無私則貴人」と書いてあった。うーむ、思わず心のうちで唸った。
「日本人とは何か」
司馬遼太郎は古代から明治にかけて数多くの歴史人物を書いてきたが、若い頃から一貫して追い求めてきたテーマはこれに尽きると本人は語っている。そして作家としてだけでなく、ひとりの人間として愛したのは、限りなく「無私則貴人」を体現した、あるいはそれに近づこうとたゆまぬ努力をした人物なのだ。貴賤を問わず、有名な人物であろうとなかろうと、何らかの情熱を傾けて無私に近づいた人間が司馬遼太郎の理想であったし、自身もそうなろうと努めたにちがいない。国民的作家と言われる司馬遼太郎の作品が老若男女にいまも愛読されるのは、鋭い文明批評や人物評のある物語が面白いというだけではなく、司馬自身の大阪人らしい庶民性と人間的やさしさがあるからだろうと思う。この記念館には年間17万人も訪れているというのもスゴイ。

二十一世紀への希望
『二十世紀に生きる君たちへ』という希少な本を買った。版形17×15㎝、ページ数61P、厚い表紙の絵本のような本だ。緑や黄色、赤の色鉛筆で校正した生原稿の写真ページが20Pほどあり、その後に活字が続いている。1989年に小学5年生の国語用に書かれたものだという。没年月は1996年2月12日だから、亡くなる7年前、65歳のときである。
短い文章だが「長編小説を書くほどのエネルギーがいりました」と編集者に語ったそうだ。その一部を抜粋する。

私は、歴史小説を書いてきた。
もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
歴史とは何でしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」
と、答えることにしている。

 「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」
と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右に述べたように、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
この自然へのすなおな態度こそ、二十一世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういうすなおさを.君たちが持ち、その気分を広めてほしいのである。
そうなれば、二十一世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。

 小学5年生向けに書かれたとはいえ、ここには司馬遼太郎の思想エッセンスが凝縮されている。だから「長編小説を書くほどのエネルギー」というのは本当だろうし、すなおに読めば、日本人のだれしもが納得できる考えであろうと思う。
しかし・・・、「二十一世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬する」ようになっているかといえば、はたしてどうだろうか?

庭の片隅に、ほっとなごむ詩碑があった。

ふりむけば
又咲いている
花三千
仏三千

これもまた、菜の花をこよなく愛した司馬遼ワールドだろう。

司馬遼太郎記念館 http://www.shibazaidan.or.jp/