大恩人・桜沢如一の教えに支えられて

香川県小豆島に「桜沢記念館」
 小豆島の醤油メーカーから始まり、さまざまな自然食品の製造販売まで幅広く手がける(株)マルシマの会長・杢谷清さん(84歳)。昨年5月30日、拙著『桜沢如一。100年の夢』の取材のため、小豆島にある「桜沢記念館」で初めてお出会いした。

拙著にも書いたが、この記念館は杢谷さんが私財を投じて平成元年に建てた。
杢谷さんは四十歳のころ、会社経営の心労と過労がかさなって胃潰瘍となり、手術したが術後の経過がおもわしくなかった。このままでは死を待つばかりと沈み込んでいるときに、桜沢如一が提唱する食事療法を知った。「どうせ死ぬんだったら」、この食事法にかけてみようと決意して上京した。当時、桜沢夫妻の自宅は、目白のスターハイツというマンションの一室にあった。
杢谷さんが胃の手術をしていることを正直に話すと、
「全ての病気は食べることで治せるというのが食事療法だ。それを理解できる人しか相手にできない」と如一にはひどく叱られ、門前払い。しかし必死の思いで三日三晩、玄関前でねばっていると、「まあ、あがりなさい」とリマ夫人が救いの手をさしのべてくれた。それからは、来客の目につかない廊下に寝かされた状態で、七号食(玄米クリーム、ゴマ塩、番茶だけ)を一カ月続けることになった・・・。
詳細は略すが、その後、健康を取り戻した杢谷さんが桜沢夫妻を醤油工場に招いたおりにも、いのちある自然食材を活かして食品づくりをすることを如一から厳しく諭された。それ以来、杢谷さんはマクロビオティクの陰陽の原理、身土不二、一物全体(食材のすべてを活かす)といった教えを守りながら醤油をはじめ食品開発に取り組んできた。
桜沢如一とリマ夫人は命の大恩人というだけでなく、経営理念や生き方まで大きな影響を与え、それを忠実に実践してきた杢谷さんの運勢を大きく拓いてくれたわけである。

 純正食品マルシマの醤油をネット販売で 
杢谷さんは、「自然食品」という言葉がまだ世の中に認知されていない40年前からその看板を大きく掲げ、JAS規格(有機無農薬栽培や加工食品の基準)の基準作成に取り組み、NPO法人全日本健康食品協会(現在、息子の正樹さんが理事長)を設立、会社経営の一線から退いたいまもマクロビオテックの講演活動を続けている。
2回目の訪問となる今回、1月26日の午後1時頃、新尾道駅まで車で出迎えてくれた。
「私は一日2食。家内が不自由な身体なので、2日分の玄米3合を自分で焚いています」といった話を聞きながら、ちょっと危なかしい運転にひやひや。
私の訪問目的は2点あった。1つは、純正食品マルシマの醤油や自然食品の一部をネット販売させていただきたいこと、2つは、「桜沢如一とリマの顕彰会」のホームページ・バナーを田舎元気本舗のサイトに掲載すること。
本社の会議室でそのご相談をしていると、息子さんの社長が挨拶に来られ、意外にすんなりと話はまとまった。そして「桜沢如一とリマの顕彰会」のホームページに杢谷会長の原稿を連載することについても、私が協力をすることになった。
写真は、直営の自然食品店「Tinana」の前で。若い社員の提案した店名を採用、フィジー語で「お母さん」の意味だという。この店の裏手にある「しょうが湯」の製造工場を見学させていただいた。四国産の有機無農薬の生姜を皮ごと(一物全体)活かした加工をしている。いま大ヒットして生産が追い付かないほどだそうだ。

会社を大きく発展させながらマクロビオテックの普及にも一心に取り組んできた杢谷会長。国内外に多くの人脈をもち、苦労話やおもしろいエピソードもたくさんありますが、興味のある方は、「桜沢如一とリマの顕彰会」のバナーをクリックしてください。 
(村長 平野)