『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 4     辻井 博

ネパールの棚田は「万枚田と万枚畑」 

 ここで万枚田について読者に伝えたいことがある。日本人が万枚田というときは、稲作を前提としている。私はネパールへ行く前「地球の歩き方」のネパールに関するものを読んでいて、棚田とされる複数の写真を見て、変だと思った。

 読者はすぐ後で示す2枚の写真を見てこれら万枚田では稲作が行われていると考えられるだろうか。稲作を知っている人は、即座にそうではないと答えられるだろう。畦が水平になっていないのだ。水がためられないから水田ではないのである。万枚畑なのである。次の2枚の写真も示すように、アンナプルナ保護地域の海抜1500m以上ではコメではなくシコクビエが万枚畑で作られている。それより低いところではコメが作られている。だから、ネパールで万枚田ないし棚田というとき、海抜1500m以下の稲の万枚田と、それより高い斜面にあるシコクビエに万枚畑の両方を含むと考えれば良い。
アンナプルナ保護地域のトレッキングの時に見た万枚畑の写真をいくつか示そう。第1枚目は、1日目のポカラ(海抜900m)からウレリ(海抜2120m)へ向かう途中の海抜2000mほどの所にある万枚畑である。この写真の左上の斜面上にグルン族タイプの農家がある集落がある。遠方だから正確には分からないが、右下の広大な棚畑は完全に放棄されているようだ。他にも、左の中央と右の中央と右上の棚畑も放棄されているように見える。そうだとすれば、ここの万枚畑は実に約半分が放棄されていることになる。こういう放棄棚畑の多い万枚畑を方々でトレッキング中に見た。次の写真もすぐ上の写真の近所で取ったものだが、右下や左の棚畑は耕作放棄されているようである。ここの耕作放棄面積も、写真の万枚畑の半分以上になる。

日本の中山間地帯と同じ状況

 私のガイドや、他のガイド及びトレッキング中にあった現地の人に聞くと、アンナプルナ保護地域の人口は若ものを中心にかなり減少し、空き家・廃屋も増えているらしい。日本の中山間地帯と同じである。だから自給の穀物を生産する棚畑がそれほど必要ではなくなったのと、トレッキング観光産業の労働需要が住民に穀作を放棄させているのではないかと考えられる。
次の写真は海抜2000m程度のシコクビエ(finger millet)の棚畑である。1枚目は、トレッキング最初の9月13日、ポカラからウレリへの途中のシコクビエの畑である。写真では少し見えるが、写真の右側の畑には指を曲げた拳のような形をした穂が出ているシコクビエがたくさんある。この穂は成長すると、その英語名finger milletのように、人間の指を広げたような形になる。
2枚目の写真は、トレッキング4日目のタダパニからトルカへいたる途中の、海抜2500mほどにあるシコクビエの畑である。この写真でも、約半分の棚畑が耕作放棄されているように見える。

廃屋も増えている

 アンナプルナ保護地域のトレッキング中、万枚田や万枚畑の急な斜面に張り付いた農家で放棄されたと思われるものをかなり見た。次の2枚の写真は、シコクビエの万枚畑地帯で空き家となって放棄された農家とその周りの耕作放棄畑をズームと遠景で撮ったものである。人が住まなくなった空き家農家が増え、耕作放棄が増えるということがアンナプルナ保護地域ではかなり発生している。同じことは、日本の中山間地域でも多く発生してきた。
以上で海抜1500m以上の地帯での万枚畑での空き家・廃屋化と耕作放棄の発生の状況を示したが、アンナプルナ保護地域のもっと低い万枚田地帯でも、稲の耕作放棄は次の写真が示すようにかなり広がっている。
この2枚の写真は、トレッキング最後の日の、ダンプスの近くで、海抜1400mくらいの所から、谷の向かいの万枚田を見通したものである。向かいの万枚田の斜面の中腹に集落があり。集落から離れた谷底に近い棚田はかなり耕作放棄されているようだ。集落がある斜面の中腹には、少し棚田が見えるが、現在は樹木が茂って、かつて棚田があったかどうか分からない。もっと有ったのが、放棄されて樹林地帯になったのかもしれない。

シャクナゲ林でヒルの攻撃

 アンナプルナ保護地域の海抜2000m付近には、広大な巨木のシャクナゲ林がある。3月が花期で、深紅の花群が非常に美しいらしいが、私がトレッキングした9月に花はかった。このシャクナゲ林は、湿潤生態のシンボルで特に雨期(6-9月)には、ヒルの数が非常に増え、トレッカーを悩ませる。そのシャクナゲ林の雨の時の写真が次のものである。水墨画のような幽玄で美しいな風景である。しかしこれは、ヒルのトレッカーへの攻撃のシンボルでもある。
私は、今回のトレッキングは雨期の終わりであったから、かなりのヒルに攻撃され、多分足や手の20カ所ほどヒルに血を吸われた。

 

次の写真が示すように、彼らはトレッカーが歩く石の階段道路の道ばたの草の葉の裏や表にたくさんくっついて待ち受けていて、階段道路を歩く人間を、多分彼が持っている赤外線センサーを使って探知して、次の写真が示すように人の足や杖にくっつこうと、横に身体を伸ばす。そしてズボンや杖にくっつくと、素早く人間の足や杖を持っている手の所まで気づかれずに移動し、人間に痛さを感じさせず血を吸うのである。ヒルは赤ちゃんから写真のような大人までたくさんいる。私は、ガイドの指示で休憩の時に靴と靴下を脱いで、ヒルの検査を何回もしたのだが、ある時は同時に3疋も血を吸っており、靴下は血で真っ赤になっており、ヒルは取り外しにくく、無理のはずすと出血がかなりの期間止まらなくなる。ヒルには本当に困った。
 

 

 

 

『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 5

『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 3