『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 3    辻井 博

アンナプルナ保護地域のトレッキングと万枚田

  バラビセから首都カトマンズに戻り、高野さんに助けられて、ポカラからの一人でのトレッキングの準備を、入山許可申請(二通)、装備、ガイドの予約、ポカラの宿の予約を行った。

  カトマンズに2泊し、9月12日一人で長距離バスでアンアプルナ保護地域トレッキングの出発点であるポカラへ出発した。250kmのバス運賃は700円ほどで非常に安かった。高野さんは首都で会議があって、トレッキングには参加できなかった。9月13日から17日の期間は、アンナプルナ山麓のトレッキングとそこでの万枚田とヒマラヤの山々および可憐な高山植物の花と広大なお花畑及び多数の蛭(ひる)の攻撃を経験した。ポカラは、日本の上高地のような、すばらしいところで、ヒマラヤのアンナプルナ連峰などをながめる山麓トレッキングの出発地点である。きれいな広い湖の湖畔にある町で、荘厳なアンナプルナ連峰も晴れた日や早朝は湖畔からよく見える。

4泊5日のトレッキング

私は、尾根道が多く、ヒマラヤ連峰がより近く見える、ポカラ、ナヤプル、ウレリ(泊)、ゴレパニ(泊)、プーン・ヒル、タダパニ(泊)、ランドルン、トルカ(泊)、ダンプス、ポカラの4泊5日のトレッキングを行った。70才の私には少し無理かなという不安はあった。直前日本でテニスをしていたとき、膝が痛くなり、水がたまってしまい、それを注射で抜いて貰ったこともその不安の元である。このこともあって、私は膝や足腰を鍛えることをトレッキングの前に数ヶ月行った。お陰で膝の痛さは再発せず、このトレッキングは無事完了した。あまりにすばらしかったので、今度は、近く、ABC(アンナプルナ・ベースキャンプ。海抜5000mほど)のトレッキングをしたいと考えている。総括としては、このトレッキングは、私にとって長さやきつさが適当で、美しいヒマラヤの峰々がながめられ、美しいお花畑、万枚田と石板階段道路、蛭との遭遇などあり、成功であった。

初心者でも安心できるトレッキングのシステム

トレッキングして驚いたのは、トレッキングのシステムが、英語をトレッキング語として、非常に競争的に、トレッカーに効率的で安心できるように、楽しめるようにできあがっていることであった。ミネラルウオーターなどトレッキング路を運ばれて来る物資は、出発点からの距離に応じて価格が決まっており、それは輸送費用を反映している。宿舎も、質に応じて価格が決まっているようだ。英語も良く通じた。私のようなトレッキング初心者でも、どのようなサービスに対してでも、安心して対価が支払えるのだ。だまされることもほとんど無いように思った。
海抜3000mほどの村々での冷たい缶ビールやジュース、海抜3200mのプーンヒル上での早朝の熱い紅茶、温湯の出るシャワーや水洗トイレがある宿舎と部屋などは、比較的安い、公正な価格で提供されているのだ。私のような初心者でも安心してトレッキングできるのである。こうなっているのは、多分効率性と公正性を重視する欧米人が多数トレッキングに来、ネパール人も彼らの価値観に答えられる経済合理性や公正性という価値を持っているからなのではないかと思う。さらに、ロバによる物資輸送と急ではあるが比較的広い石畳の階段道路もこのトレッキング・システムを支えていると思う。ロバたちが、安く効率的で公正なシステムを可能にしているのだ。私は、将来何回もヒマラヤトレッキングに来たいと考えた。翻って日本の登山サービスシステムは、ネパールのと比べると、非効率・不公正・不十分である。日本の登山サービスシステムは、ネパールのトレッキング・サービス・システムに習うところが大きいと考えた。

トレッキングの成否はガイド次第

ガイドの選択には少し失敗した。ガイドの選択は、トレッキングの成否に非常に大きく関係する。彼は悪い人ではないのだが、50才くらいの男性で、英語が下手で、暗く、トレッカーに対するサービス精神が少なく、部族主義的宿舎の選択があった。彼はグルン族の出身で、トレッキング経路にはグルン族の集落が多く、これら集落にあるグルン族経営の宿舎に質を問わず、私に相談せず泊まることを決め、私もそこへ泊まることとなった。しかしグルン族の宿舎はほとんどおんぼろで、汚く、設備も整っていず、お湯も十分出なかった。私は1泊150円の宿舎へ生まれて初めて泊まった。それはそれなりの経験だった。飯が余りうまくなく、お腹をこわしたりし、部屋は非常に粗末できたなかった。部屋や設備と飯はこのような旅行では非常に大切である。
私の装備は、9月としては重すぎた。綿の下着は乾かないので全くだめだった。雨の対策もまずかった。蛭には閉口した。靴下が血で真っ赤になった。アンナプルナ保護地区のトレッキングに関する物資の輸送は、次の2枚の写真が示すようにロバに負うところが大きい。いたるところで、物資を運ぶロバの集団とそれを管理するドンキー・ボーイが働いていた。だから、トレッキングルートにはロバのふんがたくさん落ちている。踏まないようにしなければならない。2枚目の写真の人は私のガイドである。

輸送を支えるロバとポーター

バラビセと違い、トレッキングが盛んなアンナプルナ保護地域は、トレッキングのための物資需要が多く、バラビセで行われていた人力による輸送では対応できないのであろう。ロバがトレッキングシステムを支える重要な要素である。トレッカーのためのネパール人のポーターもたくさんいて、安い値段で50kgほどの荷物を持ってくれる。私の場合、ガイドに約20kgの私の荷物をザックに入れて持って貰った。だから、トレッキングは手ぶらでもできる。バラビセの所で述べた万枚田の急斜面に張り付いた農家や小集落の「天空の存在」性は、アンナプルナ保護地域では、バラビセよりかなり低いと感じた。多数の外国人トレッキング参加者の物資需要が、アンナプルナ保護地域でのロバによる物資輸送を一般化・多量化させ、それがそこでの農家や小集落の自給・定住性を引き下げ、「天空の存在」性を低めていると考えられる。
小集落では野菜作が行われていたがそれは主としてトレッカー需要のためであろうと考えられる。このことは、すぐ後で述べる、アンナプルナ保護地域での耕作放棄棚田の割合の、バラビセの万枚田に比べた非常な大きさをも規定する。多数のトレッカーの来訪が、観光業を成長させ、多数のトレッカーの観光労働需要を急斜面の万枚田に張り付いた小集落の農家にもたらし、彼らが農業をするより、観光業に従事するようになったからであろう。
ヒマラヤは美しく、神々しかった。右上の写真はプーン・ヒル(海抜3200m)から見たアンナプルナの秀麗な峰である。そこのお花畑は特に広くきれいで、多くの高山植物の可憐な花もシーズンだった。左上の写真がプーン・ヒルのお花畑である。

次の2枚の写真は、トレッキング3泊めのタダパニで早朝に見た、マチャプチャレ(魚のしっぽ)の峰と、アンナプルナ峰(右)である。

雨期の終わりの、アンナプルナ保護地域の花は可憐であった。

『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 4

『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 2