『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 1

石川県立大学 辻井 博

はじめに 
  去年の秋、9月(2011年9月5日から20日)にネパールのヒマラヤ山麓を2週間ほど訪れた。
  私のかつての教え子の高野 渚さんが、同山麓のバラビセという町をベースに海外青年協力隊員として農業普及(新農業技術を農家に教え、農家の所得を増加させ、農家と農村を活性化させる仕事)の仕事を始め、ネパール語が堪能になり、「先生が来たら通訳してあげる。」ということになったので、これは最高のチャンスと、少し足腰を鍛え直して、訪れたのである。
バラビセの彼女の農業普及の仕事に同行し、万枚田などの観察を行ったのと、ポカラからのアンナプルナ保護地域でのヒマラヤ・トレッキング及びそこでの万枚田の視察・調査を行った。上の地図にあるように、バラビセはネパ-ルの首都カトマンズから東北東に100kmほどの、チベットへの古い交易路上の小市で、その周りに急傾斜の万枚田地域がある、ポカラは上高地のようなところで、首都から西へ250kmほどのところにある。バラビセはヒマラヤ連峰から遠く、トレッキングが行われる地域ではない。だから万枚田と農村・農家の伝統がよりよく残っている。
ポカラとアンナプルナ保護地域はネパールでのトレッキングが最も有名な地域である。ここのネパール人とトレッキング人口を受け入れるシステムは、かなり西洋的にできあがっており、後述するように、ここでの万枚田、農家・農村は、トレッキングを中心にする外国人観光に強い影響を受けていた。 

『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』 2 

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