『長崎原爆記 被爆医師の証言』を読む

 爆心地から2キロも離れていない病院で

 ついに図書館にありました!『長崎原爆記 被爆医師の証言』秋月振一郎著です。
爆心地から1800メートルのキョリにあった秋月医師の診療所では、「玄米飯に塩をつけて握るんだ。からい、濃い味噌汁を毎食食べるんだ。砂糖は絶対いかんぞ! 砂糖はいかん。甘いものはいかん」という秋月医師の考えのもと、医師以下、職員や約30名の結核入院患者の誰一人として死なず、重い原爆症が出なかったそうです。レントゲン診療を月〜金までしていた時、金曜に決まって気分が悪くなり、そういう時に食塩水を飲むと気分が良くなったそうです。

BOOK紹介 『長崎原爆記 被爆医師の証言』

 結局、自分で守るしかない

 ただ、動物タンパクや油脂の摂取量が当時の人たちより段違いに多い私たちが、上記のような食事をすると、身体が陽性に傾きすぎてバランスを崩すとのご指摘を、お客様のお一人より受けました。う0ん、身体は奥が深いですね。
さて、震災以降、これまでの様子を見聞きして切に思うのは、結局のところ誰も助けてはくれない、ということです。自分の身は自分で守るしかないんやなあ、と。つまり、毎日の食べるもの、つながりの中で生きること。
夏以降、ずっと働いていて、けっこう夜も畑に出たりで、"働くのイヤイヤ状態"に少しなりましたが、最近、気分が盛り上がって(盛り返す?)きましたので、また畑に長い冬の間、たくさん野菜がありますように、行きますよ。ワッハッハッハッー。

(2011.10.21 坂口典和)

註)

  秋月振一郎医師のこの話は広く知られていますね。でも残念なことに、この教えを桜沢如一から学んだということはあまり知られていないようです。
秋月は生まれつき心臓が奇形で、滴のように垂れ下がって小さい「滴状心」という病気でした。病弱なため京大医学生のときに学徒動員もされずに長崎で青春を虚しくすごしていました。そんな時、たまたま桜沢如一の講演を聞き、知人を通じて如一を紹介されます。そして如一の教えた食事法を実践したところ、わずか2カ月で心臓は5倍ほど大きく逞しく生まれ変わったのです。奇跡的に快癒した秋月青年は、長崎の聖フランシスコ病院の医師として働くようになり、やがて原爆投下に・・・。拙著『桜沢如一。100年の夢』には、数多いエピソードの一つとしてこの話にも少し触れています。

(村長 平野)