椎の実を拾う

懐かしさのあまりs-DSC_畝傍山.jpg

 初老の夫婦が大きな木の下で何かの実を拾っていた。
「椎の実ですか」声をかけると、
「ええ、フライパンで煎って食べるんです」と言って笑った。
「ぼくも子どもの頃はおやつ代わりに生でよく食べましたね」
 田舎にいても拾うことはないのに、懐かしさのあまり私も実を拾いはじめた。

写真:畝傍山をのぞむ

 

 椎の実と普通のドングリが落ちている。最近の都会人は両者の違いが分からない人も多いが、椎の実は、乾燥を防ぐように厚い殻で完全に包まれていて、熟すと殻が破れて茶色の実が現れる。殻を割ると中の種子は白く、生で食べてもやや甘みがある。普通のドングリは、3分の1ほどが帽子を被ったようになっていて、その実を口にしたとたん苦くて吐きだす。
椎の実は縄文時代のころから重要な食料だった。そのためもあってか、照葉樹林の代表的構成種として本州全土の人里に広がっている。この日、私は食べるためではなく、懐かしくも由緒ある椎の実を、家の裏山に撒こうと思ったのだ。

神韻とした畝傍御稜  

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 場所は、畝傍御稜(神武天皇陵)の参道のすぐ近く。この日(9月28日)は、奈良県中小企業団体中央会から「農商工連携認定事例」の講師として呼ばれていた。せっかく古都にいくのだから、少し早めに行って周辺の歴史散歩をしようと、6時18分の電車に乗った。まだ人気のない田畑を、今日の晴天を約束する朝霧がすっぽり覆っていた。
奈良の橿原も散歩するには暑いくらいの晴天で、日陰がないのでなおさらだ。神武天皇御稜の参道両脇は照葉樹林がうっそうと茂っている。こういう照葉樹林には古代の植生がそのまま残っている。古い神社の杜を懸命に守る運動をした"縛られた巨人"南方熊楠のことをふと思う。まったく人気なく、敷き詰められた小石の音だけが響く。時間が止まったような神韻とした御稜の佇まいに、自分が日本人であることを今更のように意識する。
標高200メートルにも満たない畝傍山、香久山、耳成山に囲まれたこの平地は、河の氾濫や土砂崩れなど自然災害の脅威も少なく、万葉の人々にとっては理想郷だったのだろう。しかし戦乱の世になるにつれ、優雅でのどかな古都はまったく無防備で敵の侵入を防ぎきれない。それでも度々の戦火をくぐりぬけてこられたのは、奈良仏教もさかえた古代の聖域であったからだろう。
遺跡が多い古都奈良は、近代的な都市開発ができない。そのために周辺には大きなビルは少ないが、まだ稲刈りもすんでいない田畑と人家がばらばらに混在している。当時の万葉風景を想い描くのも、観光ポスターになるような写真を撮るのもむずかしい。それでも、拾い集めた椎の実は、固い殻でその遺伝子を守り、千数百年の聖域の歴史を無言で語りかけてくる。

 

"青い悪魔"のホテイアオイ

 椎の実を拾ったあと近くの博物館に行ったがあいにく閉館。まだ時間は十分あったので元薬師寺へ s-DSC_0104.jpg 向かった。途中、地元の人に道を訊ねると、「もうすぐそこ、ホテイアオイが咲いているところです」と言われた。
なるほど。行ってみてびっくりだ。元薬師寺の狭い境内には大きな楚石が7、8個ほどあるばかりで、興ざめな民家も2軒建っていたが、境内の南側に広がる畑には満開のホテイアオイがびっしり埋め尽くしていた。その広さは10反ほどあるだろうか。なぜ、ここにホテイアオイなのか? その薄青紫色の花は高貴な人が好みそうだ。
しかし日本に持ち込まれたのは明治以降。なにしろ繁殖力が強く、他を排除するアレロパシー(Allelopathy)という物質を s-DSC_0099.jpg 放出するなど、「青い悪魔」と呼ばれほど恐れられるという。でも美しい花だし、観光客は青い悪魔をさかんにカメラに納めていたし、私もその一人だった。(2011.10.5 HT)

 

 

 

ホテイアオイ(ウィキペディアより参照)
 世界の熱帯・亜熱帯域に帰化し、花が美しいので日本には明治時代に観賞用に持ち込まれ、本州中部以南のあちこちで野生化している。金魚を飼育するとき夏の日陰を作ったり、その根が金魚の産卵用に使えるので便利。その半面、世界中で「青い悪魔」と呼ばれほど恐れられる。
寒さに弱く、冬はほとんど枯れる。繁殖力が旺盛で、冬に一部の株がわずかに生き延s-DSC_0090.jpgびれば、翌年には再び大繁殖する。肥料分の多い水域ではあっという間に水面を覆い尽くし、水の流れを滞らせ水上輸送の妨げとなり、漁業にも影響を与えたりするなどの問題を引き起こす。冬に枯れたホテイアオイが大量に腐敗すると、環境にも悪影響を与える。
このようにホテイアオイは繁殖力が強いだけでなく、他の植物の生長を抑えたり、動物や微生物を防いだり、引き寄せたりするアレロパシー(Allelopathy)という物質を放出する。そのため、国際自然保護連合(IUCN)種の保全委員会が作成した「世界の侵略的外来種ワースト100」にも選ばれている。日本ではその指定はないが、「要注意外来生物」に指定。