風の通り道=放射能の通り道

海産物の監視はますます重要になると考えています。


みなさん、小澤です
とみ新蔵のブログ《小澤洋一氏からのメール》というタイトルで、三年ほど前の2012年08月29日に、私の承諾なしに漫画家の《とみ新蔵氏》が勝手に公開しました。

「南相馬20ミリ撤回訴訟」第一回公判が、9月28日14時に東京地裁で行われることで、伏せておく理由もなくなりましたので、ご紹介いたします。内容は後段の通りです。

私の予想どおり、文中の浪江町昼曽根トンネル付近の三ポイントで、翌日3月15日の午後9時前に、文部科学省が300μSv/hオーバーを計測しています。
浪江町と福島市を結ぶ国道114号線は谷間が続き、風の通り道だということを知っていましたので、同様に放射能の通り道になることは容易に想像することができました。
ここは、航空機モニタリングでも、最も赤く示されている地域です。

さらに、この地域は分水嶺であり、阿武隈高地から複数の河川を通じて太平洋に向け、山の養分を供給していました。
それが現在では、セシウムやストロンチウム、プルトニウムやトリチウムといった恐ろしい人工放射能を運ぶルートになってしまっているのです。

分水嶺からの放射能は、川俣町経由であぶくま川に流れ、宮城県にまで届いています。江戸時代の仙台藩主伊達政宗は、あぶくま川を潅漑用水として、仙台市北側で宮城県中央部の塩釜市まで引き込んだといわれています。

先日、宮城県北東部の南三陸町のワカメからもセシウム137が1.7Bq/kgほど検出されています。海産物の監視はますます重要になると考えています。
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太平洋の沿岸河川が放射性物質を太平洋に注ぎこむ | カレイドスコープ
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2577.html
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ここでは、半減期が1年未満の250日のために、国が計測していない放射性銀を取り上げています。イカやタコの内臓への濃縮が問題とされていますが、実は、いわき市沖のアワビで放射性銀が400Bq/kg以上も検出されています。海の軟体動物には放射性銀が濃縮していると考えるべきだと思います。

さらに、放射性銀が崩壊すると、イタイイタイ病のカドミウムになります。宮城県では、カキやホヤを好んで食べますが、放射性銀やカドミウムについて語られることはないようです。

放射能は、雲・風・雨・川・タイヤなどで運ばれ拡散しているわけですから、今後の汚染拡大を予想することは、子どもたちの将来にとって、大切で欠かせないことだと考えています。

【本題です】アワプラネットTVの白石草さんと、このように恐ろしい人工放射能を撒き散らした、フクイチ3号機核爆発の音源を探しています。この音は私の頭に残っていますが、映像と音がマッチすれば、原発再稼動の気持ちも少しは萎えるのではないでしょうか。
お心当たりがありましたらお知らせください。

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http://mblog.excite.co.jp/user/hiratomi/entry/detail/?id=17912347
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私の原発3号機爆発と避難の体験談を示します。
福島第一原発3号機は、南相馬市原町区馬場の私の家から、南南東23kmの所にあります。
2年前までは、南東7kmの南相馬市小高区で、毎年、相馬野馬追いの夜に花火が打ち上げられており、尺玉などは、私の家のあたりでも地響きがするほどの大きな音でした。いつも花火のあと暫くは、鳥の姿が見えませんでした。
昨年3月14日の午前11時ごろ、その花火の方向で天空が真二つに割れたような轟音がしたのです。
家の中まで響いたこの音が、もしかしたら核爆発かと考えた時、この世の終わりさえ感じました。
また、道路を走ると原発までは35kmぐらい遠いと感じていましたので、花火の5倍も遠くで花火を凌ぐ、生まれて初めて聞いた爆音に、腰を抜かす一歩手前でした。その状況は、映像が公開されている3号機爆発からも想像できるかと思います。
NHKのテレビを見ると、再び津波が向かっているとのガセネタをしきりに流していて、原発の状況は掌握できませんでした。
12日にすでに1号機の爆発があったものですから、14日は朝から避難の準備をしていましたので、すぐに西に向かってクルマを走らせました。
国道114号線に出て、自宅から南西に8.5kmの浪江町昼曽根トンネルにさしかかった時、白と青の警察車両内で全面防護マスクの不気味なヤカラ4名が原発方向に向い待機していました。
原発の爆発に備えて事前に待機…危険性を住民には知らせず待機?、ヤッパリこういう事だったのかと悔しいぐらいにガテンしました。
途中、飯舘村を通ったので、20km圏内の警戒区域など、12日から強制避難していた人たちに、『原発は核爆発を起こした! もの凄い爆音はこの耳で聞いた! 放射能が飛んでくる! ここにいてはダメだ! すぐに100km以上避難するんだ!』大声で繰り返し叫んでも、彼らには何のことだか実感できないようでした。