国民の飢えを救ったロシアのダーチャ

極東ロシアで夢想したこと

 早いもので、極東ロシア(ウラジオストク、ハバロスク)ヘの訪問からもうすぐ1年が経つ。
s-DSC_0308.jpg 昨年9月26日〜10月1日、「NBKロシア極東産業視察団」のツアーに参加した。NBKとは、(社)関西ニュービジネス協議会のことで、私もその会員だが、このツアー参加は降ってわいたような幸運による(一言で言えば協力者のおかげ)。
 このツアーでもっとも印象に残ったのは、田舎の別荘を意味する「ダーチャ」というロシアの社会制度である。ある意味、丹波カルデンの理想形はここにあったからだ。

日本製中古車のラッシュの理由はs-DSC_0303.jpg

   伊丹~成田からウラジオストク空港に到着したのは夕方。
   「平日ならホテルまで1時間ほどですけど、今日は日曜日なので30分ほど遅れるかもしれません」
   市内のホテルに向かうバスの中で、現地の女性ガイドがそう言った。市内に住む人たちは金曜夜か土曜日に、郊外にあるダーチャという菜園付きの別荘に行って日曜日に帰宅する。80%以上の家庭がダーチャを所有しており、日曜日の夕方には帰宅する車で市内が混雑するのだと説明した。

 たしかに道路があちこちで工事中ということも重なって、ロシアで大人気の日本製中古車のラッシュだった。話しには聞いていたが、それほど多くの人たちが滞在型の週末農園を楽しんでいるとは驚きだ。

ハバロフスクの辺境で

 産業視察を目的としたこのツアーは、企業や商工会議所、総領事館、歴史博物館などのスケジュー s-DSC_0314.jpg ルが組まれている。予定外の行動はできないが、何人かの理事が「ダーチャを見学したい」と言ってくれたおかげで、帰国前日の30日にその機会がおとずれた。
   ハバロフスク郊外の少数民族ナナイ族のシカチアリャン村を訪ねた帰路、時間の余裕ができたので農園を見学s-DSC_0312.jpgしましょうということになった。そこはダーチャではなく個人経営の農園だったが、イメージ的な参考にはなるだろうということで。
   その農園は広さ100ヘクタール(?)もあるそうで、10人ほどの従業員が苗植えや種採りなどの作業をしていた。日本では大規模農家ということになるが、見渡すかぎり地平線が遠いこちらでは小規模の部類らしい。こんな人気ない辺境の地では、日本と比べたら農地はタダ同然なのだろう。しかし畑の土壌は元気そうで、北海道より緯度s-DSC_0326.jpgが高いのに、また9月末にもかかわらず露地栽培のニンニクの葉が青々としていた。でも真冬は凍てつき、荒涼たる風景なのだろうと想像する。

600平方メートルの農地がタダ

 事実、ロシアでは国民に平均600平方メートル(約180坪)の農地がタダで与えられるという。
   1970年代までは、ダーチャは富裕層が余暇を楽しむための別荘だったが、過去に食糧難を幾度も経験したことから、ブレジネフ時代に国策として自給自足が打ち出された。そして80年代に入ると、国民の約8割が菜園付き別荘のダーチャを所有するようになった。
このダーチャが普及していたおかげで、ソ連が崩壊したときに国民の飢えを救ったというのは本当のことらしい。近年はダーチャで田舎暮らしを楽しむ年金生活者が増えているという。

熱心な希望者にはクジ引きを

   国土の狭い日本でロシアのまねは不可能にしても、遊休農地は増える一方なのだから、週末農業を 楽しみたい都市住民がそれを活用する仕組み・サービスを国や自治体がもっと強力に推し進めるべきではないだろうか。国民全体には無理だろうから、せめて熱意ある希望者だけのクジ引きでタダにするとか。
最近は企業の農業参入がさかんになりつつあるけれど、 s-DSC_0318.jpg 利の追及だけの農業にはいろいろと問題もある。食の安全・安心、食糧危機、食育といった観点からも、国民の多くが土に親しむ環境を整える必要があると思う。大地は天からs-DSC_0320.jpgの預かり物、国民の共有財産、ですぞェ。
・・・して、週末農業を楽しみましょうという丹波カルデンはどうかというと・・・、「丹波カルデンの理想はとしては、企業が福利厚生の一環として借りてほしいのですが・・・なかなかねぇ・・・企業も余裕がないのか・・・農作業をしたいという人も来てくれないんですよ」と、村長はボヤくのであった。(2011.9.14  平野)