種とり人との出会いで学んだこと  山根成人

種との出会い
私は40歳まで「農」と全くかかわりのなかった人間で、本業は服屋です。末っ子の体のことから自分を見つめなおす機会を得て、有機農業の世界で学び始め現在に至っています。

その頃の有機農業は利を離れ奉仕を基本にした一つの思想でもありました。自分にとっては全く無知の世界で、それまでの生き方と正反対の思考に身をおきながら戸惑いの日々だったように思います。
1983年ごろから畑を購入し実際に土と関わるようになって、目に見えぬ土中のバクテリアに支えられている自分の命の現実に気づいた時、目の覚めた思いであり難かったと記憶しております。
有機農業の基本的な姿勢の一つに自給的、循環的な生き方がありました。素人の私が気づいたのはどうも循環が「種」で切れている。毎年種を購入するところから始まり、収獲販売した時点で一作が終わっていく姿でした。すでに「種は買うもの」というのが常識になっていました。
そこで自分は細々でいいから「種」にテーマを置いた農をやってみようと決めたのです。当時は今よりもっと自家採種の世界は淋しいものでブランド化している産地は別として、自分が生活していくための作物の種を採るというような生産者はほんの一握りで、有機農業仲間のうちでもまだ変わり者扱いだったのです。
種苗交換会と称してイベントのあるたび種を持参しても、他に持ってきてくれる人はおらず、素人の山根の種などは全く眼中になく「馬鹿にされているな」と肌で感じるだけでした。全国の有機農家でも自家採種している人は一握りでしたが、そんな中時々立派な方がおられたのには心支えられたものです。

種に光が
それでも時代の流れか、自家採種も少しづつ仲間が増え日本有機農業研究会でも種苗部会も出来ました。そのうち遺伝子組み換え作物がどんどん増加するようになって

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手のひらの宇宙「食と農と里山Vol.1」より
(あうん社 2014年11月11日発行)