田んぼの小宇宙と真田幸村の史跡を歩いて

先週末は、3日間で15km以上歩いただろうか。散歩気分でただ歩くだけなら10kmなど知れているけれど、陽射しのキツイ田んぼのなか腰をかがめて行ったり来たりは堪える。


5月22日(金)、朝から快晴、微風なり。今日こそは田植えをしない田植えをやらないといけん、と満を持して田んぼへ(昨年は5月6日にやっているので、2週間遅れだ)。
風はときおり樹の葉を揺らしていたが、これくらいなら大丈夫だろう。なにしろ通称「おふとん農法」で田植え(?)をするときには風が大敵なのだ。軽くて薄いコットンが風にあおられてどうにもならない。去年、友人の指導で初めてこれを経験していたので、風のことばかり気になっていた。

 朝食兼昼飯を食べて、友人に借りた水の汲み上げポンプを設置し、鉈で竹杭を50~60本作るなど用意万端で臨んだ。田んぼの隅に籾種が入ったロールを置き、頭を下げて腰を曲げ、数メートル敷いては、風に飛ばないように竹杭を所々に打ち、ポンプの水を布にまんべんなく撒いていく。こうすることでコットンは地面に張り付くわけだ。
最初のうちは慎重に慎重に、風にあおられないよう竹杭を打ちながらやっていたので、1本のロール(水稲マルチシート)を敷くのに2時間ほどかかっただろうか。2~3メートルを敷いては、コットンに押さえの棒を何か所に置いて水を撒く。腰を伸ばして頭を上げたとたん、息が上がり、激しい動悸がして、思わずその場にしゃがみこむことも何度かあった。
2本目からは、ほとんど微風も吹かなくなったので大胆にいくことにした。竹杭も打たずに、7~8メートル敷いては水をまんべんなく撒いて布を抑える。これでずいぶん作業の効率はよくなったけれど、2本目を敷き終わったときは5時過ぎになっていた。3本目を敷いてからも縄で全体を抑えたりする作業がのこっている。ほとんど休みなく、6時間ぶっとおしの作業で息が上がっていたが、最後まで終わらせないと、すべてが台無しになりかねない。ぜいぜい息をはずませながら、3本目を急いだ。そして田んぼ全体(わずか3畝)にロールを敷きおえたときは、西空の夕焼けも暗くなりかけていた。田んぼの小宇宙をぐるぐると5kmは歩いただろう。
風呂に入ったあと夕食を食べて早々に寝床へ。
達成感をおぼえるより、翌日も一日疲労感がのこり、本を読む気力もなく何となくぼっーと過ごす。

5月24日(日)は早朝から大阪へ。
ある団体が主催するイベント「第16回なにわ・上町台地歴史ウォーキング」に参加する。日曜日に人混みの都会へ出るのは嫌なので極力避けているのだが、「豊臣大阪城の城下と真田幸村を歩く」というので、いま手がけている本(太融寺開創1200年史)の取材のためやむを得ず、というより、なかなかないチャンスだと思って出かけた。
参加者は平均50~60歳代くらいの男女が60人。天気予報では雨模様ということだったが、初夏の陽気だ。木陰も少ない道路を団体でぞろぞろ歩くのはそれだけでも気が滅入りそうだが、日曜日は人や車の往来も少ないので歩きやすく、行く先々(全部で10か所)でガイド役の話を聞きながら休憩できたので、楽勝だった。
JR森ノ宮駅をスタートして解散したのは鶴橋、移動距離はたいしたことがないが、ジグザグに移動しているので7~8kmというところだろうか。
ところで来年、NHKの大河ドラマは「真田幸村」ということを、歩いている途中で初めて知った(雑談のなかで知ることになった)。それで真田丸をはじめ伝説化した「真田の抜け穴跡」など幸村ゆかりの史跡をまわった、というわけか。そんなことも知らずに、取材に来たわけだが、そういえば今、大阪城は夏の陣後の400年祭りでにぎわっている。先月、大阪城を訪ねたとき、観光客の半分以上は外国人で、そのうちの半分が中国人らしかった。
ありがたい観光客ではあるけれど、「大阪人が大阪の歴史・文化を知らなさすぎる、とくに大阪の企業人には知ってほしい」と主催者の一人は嘆いていた。
たしかに、難波津や難波宮のあったこの上町台地は、古代から明治維新前までは日本史の中心舞台であり続けたのだった。かつては「水の都」とも呼ばれた大阪の歴史を知れば知るほど、文化のかおる大人の都市として復興してほしいものだと願わずにはいられない。いつまでも「食い倒れの街」と言われたり、吉本が大阪の顔であっては恥ずかしい。
大阪人は太閤さんが好きだから、来年は大河ドラマ「真田幸村」で盛り上がるだろう。これを機に、大阪城を中心にかつての水の都になったら、大阪全体がどれほど美しくなるだろうかと想像される。
そんなことを想いながら、ビルや道路の下に埋もれたわずかな史跡を巡り、京都がなぜ京都であるかということも考えさせられたのだった・・・。

そして月曜日(25日)の朝。
大阪のことはさて置き、一面真っ白な田んぼを眺めながら、生涯見習い百姓として小さな達成感に浸るのであった。  村長 平野 (2015.5.25)

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