アイガモのはたらき

アイガモがいた田んぼ、いなくなった田んぼ
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 8月末の丹波は、早くも稲刈りを始める田んぼがちらほら。アイガモ米の藤田農園でも9月初めには最初の稲刈りが始まる。なにしろ一人でやっているので、田植えも稲刈りも1カ月かかる。
 「これ、見て。アイガモがキツネにやられてしまった田んぼ。あちらが最後までアイガモがはたらいた田んぼ」
 藤田さんは、笑いながら指さす(この人は、いつも笑いながら話

s-DSC_aigamomai11830.jpgすのだ。困っているときでも笑うので、他人事のように聞こえる)。
 「ヒェー、ものすごい稗!」思わず、大声をあげる。
 写真(右上が稗の生い茂った田んぼ)で、その違いもくっきり見えていますね。

 

s-DSC_hie.jpg 「田草取り」は俳句の季語だった

 米作りで何がいちばん大変かというと、田んぼのなかの草取りだ。放っておくと稗だらけになるので、
葉ざくらの下陰たどる田草取り(与謝蕪村)
山ひとつ背中に重し田草取り(大島蓼太)
田草取り蛇うちすゑて去りにけり(村上鬼城)
昭和40年代まではこんな俳句風景が農家の日課だったと記憶するが、近年は「田草取り」が俳句の季語にはなりにくい。いまは田植え前に除草剤をまくのが一般的なやり方になっているからだ。それでも雑草の生命力をもった稗は生えてくる(稗も五穀の一つで、昔は食べたのだけど)。
アイガモ農法は、化学肥料や農薬を使わないで米作りをしたいという、環境意識の高い百姓の発想から始まった。その歴史を詳しくは知らないが、かれこれ30年ほどになるのだろうか。丹波ではNPO丹波太郎の代表・荒木武夫さん(市島アイガモ研究会)が、14年ほど前から始めて、いっときは5町(50反)ほどに増えた。藤田さんもここでアイガモ農法を学んだ。ところが今年は、高齢を理由に1町つくっていた人が止めてしまったため、全体で1町ほどに減少。

アイガモ農法が普及しない理由

 

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雑草を食べてくれるアイガモをつかえば、草取り作業は楽になるけれど、防獣・防鳥ネットを張ったり、破れたネットの修復をしたり、キツネにやられたりと・・・作業そのものが楽になるわけではない。むしろ手間暇は従来農法よりかかる。だから、普通のお米より高値で売れると言っても、やろうという農家が増えてこない。昔と比べたら、従来の米作りも農薬規制がだいぶ厳しくなっているし、安全・安心ニーズに応えるためにも農家さんは減農薬を心がけている。
それでも藤田さんはアイガモ農法で、しかも有機肥料もいっさいやらない自然農法に強いこだわりをもって3町も作っている。しかし残念なことに来年は、山際にある棚田の田んぼ1町(10反)ほどを持ち主に返すという(来年は、親類筋から耕作もしやすい新たな田んぼを3反ほど借りる予定)。段差のきつい棚田のあぜ道の草刈りはまた大変だ。
「山に近い田んぼは、鹿や猪に半分近くやられてしまう。冬の農閑期は、破れた網のつくろいで漁師みたいやし。最近の猪は、ネットもジャンプして越えるようになった。もう、やってられまへんわ」と、大らかに笑うのだった。