企業組合氷上つたの会をたちあげて   大木智津子

農業への夢
私は、子供の頃から生涯の仕事として、農業に従事する事を夢見ていました。結婚を機に専業農家の妻となり、安全安心な食材作りに取り組んで来ました。

人生の中で、一番多忙な五十才代半ばから、二十年間、氷上町の特産品づくりに励んで来ました。
それは、戦時中から戦後にかけての極端な食糧不足の中で育って来た辛い経験からでした。あらゆる面で急発展して来た戦後の暮らしの中で、何の知識も無いままに、身体に害をおよぼす農薬を使用していました。食についても、ただ便利だ、栄養価が高いと指導されれば、うのみにし、食品添加物の恐ろしさも知らずに、子供達にあたえてしまっていました。その結果、孫達にアトピー性の皮膚炎や、小児ぜんそくとなって現れて来ました。

生活改善実行グループを立ち上げる
昭和四十九年、氷上町農業委員会の勧めで、近畿地区農村婦人大会に参加しました。
私と同じ様な専業農家の主婦達が、活き活きと勉強され、生活改善に取り組んでおられるのにびっくりしました。自分の考えをきちんと話し、地域の発展に少しでも協力しようと努力されている仲間達の活動を知り、氷上町にも、ぜひこんなグループを作りたいと思いました。帰宅してすぐ、沼貫酪農婦人部の皆さんに呼びかけ、生活改善実行グループを立ち上げました。六人での出発でした。

続きはPDF(adobe) 企業組合氷上つたの会をたちあげて 大木智津子
手のひらの宇宙「食と農と里山Vol.1」より
(あうん社 2014年11月11日発行)