有機農業のすすめ  荒木武夫

有機農業との出会い
平成元年、竹下内閣による「ふるさと創生一億円事業」が施行されました。
わが市島町では、町にあてがわれた一億円の使い道を話し合うため、「市島町活性化若者熱中集団」(ふるさと市島未来塾)が結成され、私もそのメンバーの一人になりました。

当時、町の基幹産業である農業の担い手の高齢化とその後継者不足が、地域が直面する大きな課題でした。農地荒廃などの環境の劣化や、地域の食料自給率の低下をもたらす、緊急の課題だったのです。
非農家であった私は、「自分の勤務する食品会社が使用する食材(農産物)を自分の手で作りたい」という想いから、農業に興味を持っていました。その当時の私の関心事は、「大量生産ラインに対応する、低コストの農業生産」であり、「自分の手で加工製品を作ること」でした。
7人のメンバーからなる「市島町活性化若者熱中集団」の中に、この地で農業に従事することを目的に、神戸から移住してきた若者がいました。彼は私に「有機農業」について語りました。熱のこもった彼の話は、私のそれまでの生産効率一辺倒の農業のイメージを打ち砕くものでした。
私は、昭和30年代に始まった農業の近代化によって、ようやく重労働から解放された世代に囲まれて育ちました。なぜ今さら農薬や化学肥料を使わずに、大変な労働に還っていかなければならないのか?
当然のようにそう考える私に、若者は有機農業の真の素晴らしさを説きました。彼は説得力にあふれていました。彼の話を聴けば聴くほどに、私は有機農業の理念に傾倒していきました。知れば知るほどに、有機農業はわが市島町にとって、また将来の農業全体にとって、疑いなく必要なものだということが理解出来ました。
昭和50年に、有吉佐和子による『複合汚染』が出版されました。化学物質による健康被害、環境の破壊という衝撃的な内容は、世間を揺るがしました。

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 手のひらの宇宙「食と農と里山Vol.1」より
(あうん社 2014年11月11日発行)