昔の峠道を復活しよう

人の往来があった峠道

s-DSC_11822-5.jpgその昔、少なくとも昭和30年代ころまで、村から村へいく道として峠道がよく利用された。アップダウンの多い山道だが距離的に短いからだ。ところが車社会になるにつれて、人の往来が途絶えていった。
「わしらが子どもの頃は、柴や薪を集めに競って山に入ったもんや」
燃料がガス・石油に替わるにつれて、山の手入れがなくなり、山が荒れていった。そして戦後、杉やヒノキの植林ブームのおかげで自然林が激減。鹿や猪のエサが山から消えていった。
そこで丹波里山くらぶは、山を整備しながら昔の峠道復活をしようと、今日(8月20日)も弁当をもって山に入るのでした・・・。

柵のなかに人間様が飼われている

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    この峠道、春や秋に歩いたら、さぞかし気持がいいだろうなと思わせる。でも今は......、それにしてもヒドイなぁ。小石がごろごろした山道を、猪が鼻で掘りまくっている。ミミズか何かを掘りあてようしているわけだが、ミミズの一匹もいそうにない。里山においしい野菜があるのを知っている彼らが、必死のパッチで畑を荒らしに来るのは当然なのだ。
    だから丹波ではどこの地域も、猪や鹿の侵入を防ぐ鉄柵の囲いがある。

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田舎元気本舗がある野上野(のこの)側と由津(ゆず)側をむすぶ峠道の境にも、鉄柵が何キロも続いている。それでも猪は、生きんがために、少しでも隙間のある侵入口を探しまわる。柵の隙間から鼻を突っ込んで壊してしまうので、入口に丸太を置き塞いでしまっていた。これでは人間が自由に往来(野上野0由津)できない。まさに柵のなかに人間様が飼われている状態だ。
「この丸太をどかして、柵の入口をコンクリートで固めよう」ということで、また仕事がひとつ増えた。

ベンチの木を伐り出す 

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「見晴らしのいいところはないけど、この辺にしようや」
  この日は、峠道の途中に休憩するベンチをつくろうということで、適当な太さの栗やコナラを伐採。傾斜地でチーンソーを使う作業は危険をともなう。
  木の倒れる方向を計算しながら伐採するが、伐採した木と木がもつれる。適度な長さに伐り出すのにも平地での作業の何倍も時間がかかる。生木を傾斜地から運び出すのも大変だ。ベンチにする丸 s-DSC_11822-2.jpg 木を二人、三人がかりで10本ほど運び上げた。
    ヒィヒィ、ゼィゼィ言いながら運んでいたら、「平野さん、あんた、心臓が悪いんけぇ?」と、笑われてしまった。

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    真夏は山のなかでも蒸し暑いが、昨夜の雨のせいか、秋の気配がしのびよる。大汗をかいた後、山を吹き抜ける風が心地よい。弁当をひらき、ビールで喉をうるおす。最高のひとときだ。
    でも翌朝、起きたら鼻がつまっていた。風邪の兆候だ。昨日の作業だけが原因ではなく、たまっていた夏の疲れが出たらしい。だいぶ涼しくなったとはいえ、まだ残暑が続きます。みなさま、お身体ご自愛のほど。

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