「天日干しの米は最高やでぇ」と地元農家の誰しもが言う

タイミングよく、アメリカから稲刈りにやってきた?ブルーノのおかげで、手刈りの稲刈りが楽勝かと喜んだが・・・・さにあらん。

9月19日の5時9分、黒井駅着。ブルーノまたの名は舞流宇之、1年半ぶりにやってきた。翌20日10時から、ブルーノを坐禅会に連れていき、午後2時頃から2人で稲刈りを始めた。
「坐禅もよかったけど、稲刈りもできるなんてラッキィー」と彼は喜んでやってくれた。彼は、1~2年のペースで日本に来ては我が家を訪れる。そのときたまたま? じゃがいもの収穫だったり黒枝豆の出荷作業だったり・・・何らかの農作業が待っている。彼はその作業を喜んでしてくれるのでありがたい。今回も「平野さん、また奴隷になるよ」と冗談言って、文字通り奴隷のように働いてくれるのだ。
手刈りでの稲刈りは十数年前に、棚田ボランティアで経験しているが、そのときは1反の田んぼを大勢でかかったから速かった。何事も人海戦術でやると驚くほど速いものだが、わずか3畝余りの田んぼを2人で3時間余りがんばっても、5分の2ほどしか稲刈りできなかった。
刈り取った稲をひもで束ね、数日前から準備していた稲木にかけていく。稲束を稲木にかけているうちに、「これでは稲木の長さが足りない」と思い、近所の知り合いの家から稲木を運んで長さを継ぎ足していった。そんな時間のロスを差し引いたにしても、稲刈りの効率・スピードは上がらなかった。
秋晴れの好天気。陽射しはさぼど暑くはなかったけれど、腰をかがめたまま稲を刈るのはとてもシンドイ。ヒィヒィ、ゼエゼエ言いながら少し刈っては腰を伸ばし確認すると、数メートルしか進んでいない。しまいには中腰姿勢から地面に正座して(尻をついて)刈り込んだ。
見物に来た近所のKさんが「そんな刈り方じゃ進まんわ。こないするんや」と言って中腰でざくざく刈り取るお手本を見せてくれた。さすがに昔取ったキネヅカ、早いのなんの!でもそれをマネて、中腰の姿勢を保ちながら続けるのは、もうギブアップだった。途中、勢いをつけようと缶ビールを飲んだせいか、なおさら息が切れる。
休みなく体を動かしていたが、刈り取った稲を残したまま日が暮れてしまった。

「明日は朝早くからしよう」と、ブルーノは温泉に浸りながら、やる気満々に言った。しかし彼は翌日(日曜日)の4時には帰る予定なので、やれたとしても2~3時間。彼が帰ってから1人でやると2~3日かかるな・・・と温泉に浸りながらぼくは計算していた。
ところが幸いなことに、温泉を出たときに山南町の村上鷹夫さん(アイガモ米づくり20年)から電話があり「明日、バインダーを持っていくわ」と、ジャストタイミングの助け舟!

翌・日曜日、午前中はミッチィーの散歩をしてもらったり、蕎麦屋へ行ったり、水汲みに行く。
そして3時半過ぎ、村上さんが軽トラで運んだバインダー稲刈り機を田んぼに入れると、あれよあれよと言う間に残りの稲を刈り取ってしまった。わずか30分ほど。かなり骨董ものの機械だが、刈りながら自動的に稲束にしてくれる。それを拾い集めて稲木にかけていけばいい。ブルーノはカミさんが車で篠山駅まで送ることになったが、彼にはこれも珍しい光景だったようで、iphonでさかんに写真を撮ると、ぼくとハグして名残惜しそうに去っていった(ドデカくて重いボストンバックや手荷物を持っていたので、重いついでにと村上さんのアイガモ米3kgを手土産に持たせた)。
田んぼの隅っこには刈り残した稲が残っていたが、2時間もあれば手刈りで片付くだろう。それより心配なのは・・・鹿やイノシシ、それから台風16号の接近だ。
「天日干しの米は最高やでぇ」と地元農家の誰しもが言う。それでも今時、稲木で天日干しにする農家などほとんどいない。いったん便利な機械を使うと、手刈りするのが嫌になるのと同じ理屈だ。
村中の田んぼはとっくに稲刈りが終わり、秋風のなかに虫焼きの烟がたっている。そして農家は9月早々から新米を食べている。「今年はまた相場が安くなるな」という新米を。
天日干しは1週間~10日ほどと聞いているが、それから脱穀して・・・まだ半月先か。あぁ・・・早く最高の米を食べたいものだ。(2014.9.22)