今もこれからも、前を向くしかない

「我らは、里山ルネッサンスの真っ只中で目を覚ましたばかりの、冒険者である。

昨日は、丹波市内で最も被害が大きい市島町の橋本さん、越前さんの見舞いに、そして今日は宮川さんのところへ行った。
橋本さんは「まぁ、しゃーないですわ」といった表情でのんびり(心の内はともかく)
、出荷するモロヘイヤの袋詰めをやっていたのでひと安心したが、すぐそばではボランティアの若者たちが田んぼ(アイガモ農法)に入って泥を掻き出している。百姓哲学をもって有機農業の大先達として知られる橋本さんだけに、弟子たちの応援の数も多いようだ。海外から農業研修や手伝いにくるWWOOF(ウーフ)関連のフランス人も汗を流していた。

自宅と倉庫の間を土砂が流れ込んだと聞いていたが、土砂はユンボや人海戦術で取り除かれ得ていた。
「家の前に樹があったおかげで土砂の勢いを食い止めたんやね。やっぱりもっと樹を植えておくべきやった」
袋詰めの手を休めずに、まるで他人事のような口ぶりで話す。自然にはかなわん、もう笑うしかないよ、といった感じ。ボランティアのある人が「写真に撮るのも気の毒で・・・」と言っていたし、あまり遠慮なく撮るのはどうかと思っていたが、橋本さんはそんなことは気にしていなかった。
「平野さん、写真をたくさん撮って情報発信しといてよ。うちの周りだけでなく、あっちの山のほうがもっとヒドイからね」と橋本さん。言葉にしなくても「前を向くしかない」と暗に語っていた。

この後、被害状況をカメラに収めながら1キロほど下流の越前さん宅に向かった。
4~5日前、手伝いを申し込んだとき、「いや~、ありがたいけど、いまは鶏舎の鶏を運んでいるだけだからいいですよ」と言った。鶏舎は泥の海。このままでは平飼い600羽以上を飢え死にさせるだけなので、廃鶏(卵を産まなくなった鶏の処分)するために、軽トラに載せて肉処理工場(養父町)まで5~6回往復したという。
「息子たちが手伝いに来てくれたおかげで、昨日で終わった。鶏舎の後をどうするか、これから考えないと・・・」
鶏舎の建物は無事だったが、何百万円も投資した卵の選別機械などはめちゃくちゃでどうにもならないという。彼はまる10年間、卵の生産をして「ようやく赤字から脱却したところ」と言っていただけに、悔しいやら情けないやらの心境が思いやられる。
越前さんも、もうなるようにしかならんといった感じだった。もう済んだことは済んだこと、「これからどうしようか」といろいろ考えている様子を見て一安心した。一人暮らしの越前さんは、鶏の世話をするために、365日縛られている。好きだった酒も飲めない体になり病院通い。そういう彼を見ているので、「もう生き物を扱う農業は止めたほうがいいね」と言うと、
「そうやね、もう投資するのも無理やし、止めておきなさいということだと思う。鶏舎の建物は大丈夫だから、シイタケ栽培でもしようかと思ったりするけど・・・、シイタケ栽培をやっている人が『儲からんから止めておけ』って言うしね。実際、その人は観光客相手にバーベキューなどを提供しているから何とか成り立っている。一次産品のシイタケだけでは無理や・・・加工品をつくると言ってもまた投資が要るし・・・。それより今は田んぼの米を何とかせんといかん。鹿が入ってきているから電柵を巡らさないと」
縁側でコーヒーを馳走になりながら小一時間話したが、自宅は無事だったので、周囲の被害を考えると自分はまだしもと思って、前向きな考えを巡らせていた。

そして今日は、同じく市島町の乙河内という集落に宮川さん(NPO法人 森の都研究所代表)を見舞った。細い谷筋の集落に近づくにつれ、流木の散乱が目立つ。カメラを忘れたので撮影できなかったが、橋げたや橋上にひっかかった流木、田んぼをぐちゃぐちゃにした流木、そして川の氾濫と流木の衝撃でなぎ倒されたと思われる木々がそこかしこに。
宮川さん宅の被害状況は、友人が携帯で撮った映像を4~5日前にメールで送ってくれたのでわかっていたが、実際目にした状況はその映像よりいっそうヒドイ。彼の家に訪れたのは初めてなので、どんな地形にあるのか知らなかった。見ると、家のすぐ裏は切り立った崖で、ヒノキが植林されている。間伐されていないのか細いヒノキばかりだ。
だが、家のトイを壊したのは大木の樫の枝だった。崖の際にあったその樫が根元ごとえぐられてどーんと倒れてきた。
「家の裏にいくつかあった樹のおかげで直撃はまぬがれたんですね。直撃したら屋根がめちゃくちゃになっていましたよ。夜中に2階で仕事をしていたら、ものすごい音がしたので、1階で寝ていた妻と子どもを起こしたんです。そのときはもう土砂が家の中に入りこむところでした」
そんな話をしながらも、いつものような柔和な笑顔を絶やさない。1階は床上げされていて、とても住める状態ではない。妻子は神戸に避難したままだが、集落全体が大きな被害をこうむっているので、公民館を拠点にして互いに協力しあっているようだ。

1か月ほど前、彼が書いた原稿(「手のひらの宇宙BOOKs 創刊ゼロ号」9月末発行予定)の末尾の文章は、
「我らは、里山ルネッサンスの真っ只中に立つ、主役である」
この1行でおわっていたが、校正している最中に災害をうけた。

そして2日前、彼からのメールで送られてきた校正文章は次のように変わっていた。
「我らは、里山ルネッサンスの真っ只中で目を覚ましたばかりの、冒険者である。

写真下の2枚は友人が送ってくれたもの(宮川宅)