生命は食物の変形である、流れである。

梅雨入り前に畑の新じゃがを掘り、丸ごと蒸茹でして塩で食べた。旬は何でもうまい。
原産は南米アンデス山脈の高地といわれる。

1570年頃、スペイン人が新大陸の土産としてヨーローパに伝えた。その船員が芽の出たイモを食べて毒にあたり「悪魔の植物」とも呼ばれたが、17世紀以降、栽培しやすく生産性も高い食料としてヨーロッパの一般家庭にも普及した。 
そして1845~49年、アイルランドでジャガイモの疫病が大発生し100万人以上の餓死者が出た。貧農の主食だったからだ。この歴史的「ジャガイモ飢餓」は大量の移民を出した。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなどへ200万人以上が移住したといわれる。  
日本にジャガイモが入ったのは1600年頃、オランダ船がジャカルタ港から運んだという。観賞用のみで普及しなかったが、江戸後期には北海道や東北などに広まり、蘭学者の高野長英などは飢饉対策としても栽培を奨励した。

それから約半世紀後の一九三六年、GOはその害毒を繰り返し説いた。北陸三県に「農村結核」が異常に多いのも「三、四十年前から、非常に悪い―― カリウム塩類の強すぎる、陰性過ぎる新しい食物<じゃがいも>が流行しているから」と啓発した。 
生命は食物のあるところにのみ現れる。生命は食物の変形である、流れである。生物は食物のおばけであり、食物は環境の産物であり、むしろ環境それ自らでもある」(「身土不二の原則」)
当時(約80年前)、農村結核は社会問題にもなっていた。だが今や日本全国じゃがいもは流行から周年食材まで成り上がり、ポテトチップスもみな大好き。マクドナルドはバーガーより利益率の高い冷凍ポテトで大儲けしている。
ちなみに、ジャガイモ飢餓のときJ.Fケネディの先祖もアメリカへ渡った。ということはアメリカの歴史ページはジャガイモ飢餓を反映しており、どの国の歴史もまた「食物の変形」と言えるだろう。
じゃがいもはぼくの定番メニュー・カレーにも使うが、むろん主食はライス。稲田の色づく山里で、瑞穂の国に生まれた幸運をアリガタク思う。

永遠の少年GO(No.15)・平野隆彰
「Macrobiotique 2014年8月号」より(日本CI協会発行)
註:GOとは・・・ジョージ・オオサワこと桜沢如一。