創造性ゆたかな田舎暮しを伝えていきたい

箕面市出身の坂口典和さん(38)が、田舎暮しを始めたのは十二年前だった。大阪外大(中国語学科)に在学中、環境関連のNGO活動に関わったり、
坂口典和さん・玉山ともよさん夫妻  篠山市住山

ライフスタイルというより生き方

のりたま1 箕面市出身の坂口典和さん(38)が、田舎暮しを始めたのは十二年前だった。大阪外大(中国語学科)に在学中、環境関連のNGO活動に関わったり、二年ほど放浪してシュタイナーの農場(ドイツ)やスコットランドで自然とともに暮らす生き方を体感した。六年かけて大学を卒業する頃、「田舎で農業をやりたい」と知人に漏らすと、「篠山に土地があるよ」と、借家と土地を紹介された。

   「農業のマネごとを始めて三日目には食べていけないことに気づき」、塾講師や土木作業のアルバイトなどで食いつないだ。貸し手の事情から借家と土地を二回移った後、地元の人の世話で現在地に定住して十年になる。

   「中学教師の父は熊本の農家出身で、農業のシンドさを知ってます。当初は大反対でしたが、去年、借金して今の家を買うことになったときは応援してくれました」

   いまや有機農業『のり・たま農園』の看板を掲げる専業農家である。つい最近も野菜の仕分け作業と物置を兼ねた建物(二間半・五間)を自前で建てた。

のりたま2   「生活する全てを学びたい。大工仕事でも何でも自分でできるようになりたい」と、大工棟梁・石田勇さん(三田市)の手ほどきを受け自分で部材を加工した。大学時代の友人たちが大勢手伝いにきて「プレハブの狭い家が合宿みたいになる」こともある。




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   作業小屋に隣接する二〇坪ほどのビニールハウス内の、落ち葉を敷きつめた木枠の温床に、季節野菜の苗床を並べ置いていた。

   「これは『踏み床温床』と言って、醗酵熱によって種から苗を育てます」

   理想は自給自足、苗づくりも自前なのだ。十羽ほどのニワトリは平飼い、畑は七反、田圃は一反二畝。米は自給用で、季節野菜を出荷する。顧客は三〇軒あまり、その都度六?十二種の野菜を定期的に宅配している。

   「以前は箕面や豊中まで自分で配達したけれど、帰宅は夜十一時。体力がもたないので去年からすべて宅配便にしました。売上? 年間三百万円ぐらいかな」と涼しい顔。

   「売上目標ですか? そりゃあ、四五〇万円ぐらいあれば。でも今の売り方では無理かなぁ」と、飄々たるもの。売上目標はあるが、「ムダなく効率よくやれば有機農業でもいける」ことを実証したい、との思いが強い。

のりたま3   「田舎暮らしは癒されるというだけでなく、創造性ゆたかな生き方ができるということを次世代に伝えたい。また、自分の家族だけ幸せになっても、周りが元気にならないと悲しいですから、いろいろお世話になった地域のためにも役立ちたい」

   ということで、趣味の音楽・アフリカ太鼓や篠笛を生かし、地域の青年たちとバンドを結成、その練習や演奏活動にも忙しい。
   二児の父親でもある。女の子は風葉(4)、男の子は野原(一・一カ月)。愛児の名付けまで「自然農法的」人生観だ。自宅出産したという母親・玉山ともよさん(36)は東大阪市出身。典和さんと結婚してすぐアメリカ留学へ旅立ち三年後に帰国。

のりたま4   「農家のオカアになるなんて想像つかなかった」と笑いつつ、まんざらでもなさそう。女性のための「玄米食と味噌汁の会を広めたい」と言う。

   この四月中旬、彼女は二人の子も連れて一カ月ほどアメリカヘ、大学で民族学博士課程の研修を受ける。夫婦別姓で「わが道をゆく」ようだが、夢を共有する同志。その証拠に『のり・たま農園』はふたりの名前からとっている。