「丹波人物伝」34人・・・・・丹波新聞社発刊

早くに父を亡くした下中弥三郎は、 子ども時代から家業の陶業に精を出し、 のちに平凡社を創業。(「丹波春秋」より)


「人になる」糧
「人は人によって人になる」 とは、 神戸市の教育理念だ。 確かにその通りだと思う。 まず親、 そして学校の先生、 友達、 地域の人達。 大人になっても、 さまざまな人に出会い、 人としての成長の糧を得る。 ただ感化を受けるのは生身の人間だけに限らない。 人が生きた足跡を記した伝記も、 人になる糧となる。 ▼前号でお知らせしたが、 丹波新聞社の企画・制作で、 丹波地方にゆかりのある人物34人を紹介した 「丹波人物伝」を発行した。多士済々の魅力的な人物たちだ。 ▼柏原藩の儒者として活躍した小島省斎は、 貧しい生い立ちの中で苦学し、 成人になってからも向学の志を捨てなかった。 そんな省斎の教えを受けた田艇吉は阪鶴鉄道の開通などに尽くし、 艇吉の弟の健治郎はわずか12歳のとき、 江戸の町を自分の目で見たいと、 歩いて江戸に行った。 ▼早くに父を亡くした下中弥三郎は、 子ども時代から家業の陶業に精を出し、 のちに平凡社を創業。 父親の残した多額の借金のため、 生活を切り詰めながら苦学した佐々井信太郎は、 のちに二宮尊徳について学び、 尊徳と同様に貧しい村を救った。 国文学者の三浦圭三は、 小学校を卒業しただけの学歴で大学の教授となった。 ▼ 「丹波人物伝」 は、 丹波、 篠山両市の学校に寄贈させていただいた。 「人になる」 材料になれば幸いだ。(Y)

丹波新聞(丹波春秋)より  2014年06月01日