春の嵐のようにやって来たアキラと『恍惚の人』

今年の春は来たかと思えば引っ込み、2度、3度と繰り返しながら、ばたばたと足音をたてながらやってきた。とくにこの1週間は慌ただしく、

もう何曜日だったかも忘れたが、快晴の翌日に霰まじりの雪が降った。満開になったばかりの里山の梅林がふるえていた。天にのびる枝々に黄色い花びらをびっしりつけて、春を謳歌しはじめていたさんしゅうの木もシュンと萎縮していた。
21日の祝日から「春の道づくり」作業、集落の決算会、薪づくり、組長のご苦労さん会と続いたあと、NYから甥っ子のアキラ(4歳)が1年ぶりに春の嵐のようにやってきた。
昨日は、アキラを交え4人で「大名草庵」のそばを食べにいったが、元気をもてあましているアキラの挙動やおしゃべりに付き合っていると、へとへとになってしまう。月曜日なのに大名草庵は満席(30数席)の状態、アキラがちょこまか動き回ろうとするので、ママは他のお客に気をつかってイライラ。
「男の子って、こんなものよ。いまの子はもっと落ち着きないわよ」とカミさんが言うと、店の奥さんも笑いながら同意。それでもママは「アキラ、あかちゃんになったの?」と何度も言ってアキラを鎮めにかかる。
「あかちゃんじゃないもん」とアキラは芽生えた自我を主張する。室内では半袖のシャツ一枚!まぁ、とにかく元気な子でよくしゃべるし(時々、英語で)、目が離せないので半日一緒にいたらくたばってしまう。
夕方、家から車で10分の助七温泉に行ったがあいにく休業、その帰りしなにもアキラは車内で寝てしまった。そのまま布団に寝かせると、時差の疲れもあったのか朝までぐっすり。おかげで昨日の晩はゆっくりできたが、この1週間の疲れもあったせいか早々と床についた。
しかし瞼がひっつきそうになりながらも寝床で習慣の読書は止められない。読んでおく必要があって半分まで読みかけていた『恍惚の人』を開く。昭和47年に発表された有吉佐和子の代表作で、徘徊とか痴呆とか老人性うつ病とかいった言葉が広く知られるきっかけをつくり、映画化もされ、”恍惚の人”はボケ老人の代名詞ともなった。40年を経て、いまだに古い感じがしないのは、人間特有の老いの現象を通して生(生老病死)の本質を炙り出しているからだろう。

「徘徊っていうのは」
と昭子は覚えたばかりの言葉を使った。
「老人病なんですか」
「はあ、まあ」
「老人性痴呆っていうんでしょう、耄碌(もうろく)は。幻覚が起きて暴漢が来たなんて言うのは、老人性鬱病なんだそうですね。だから徘徊も、何かの幻覚で歩きまわるんでしょうから、同じですね」
相手はしばらく黙って昭子の顔を見ていたが、やがて昭子なら正確な知識を披歴してもいいと判断したらしく、徐に口を開いた。
「立花さん、老人性鬱病というのは、老入性痴呆もそうですが、老人性の精神病なんですよ。ですから、どうしても隔離なさりたいなら、今のところ一般の精神病院しか収容する施設はないんです」
あっと昭子は声をあげるところだった。医者が口を濁していた理由が、やっと分った。
「精神病なんですか」
「ええ。精神病院へ入れれば鎮静剤を投与するばかりですから、結局は命を縮めますのでね、自宅療養が一番望ましいんです。兇暴性がなければ、若者の場合でも精神病者は主として自宅療養ですからね。こちらのお宅は理解がおありだから申しますけど、この頃の若い人の間じゃ親孝行という考えがまるでなくて、無理無体に隔離しようとする風潮があって、これが一番困りものなんです」
主事さんは戦後教育の成果が、日本人に敬老精神を全く失わせたと嘆いていたが、昭子は耳の奥で、今知ったばかりのことが谺(こだま)するのを聞いていた。
精神病なのか、耄碌(もうろく)は。
痴呆。幻覚。徘徊。人格欠損。ネタキリ。
   茂造は部屋の隅で躰を縮め、虚ろに宙を眺めている。人生の行くてには、こういう絶望が待ちかまえているのか。昭子は茫然としながら薄気味悪い思いで、改めて舅を見つめた。・・・・・(続く)

(突然徘徊する茂造に振り回されて続けてきた昭子は、急性肺炎で死にかけた茂造が奇跡的に快復すると、彼女の思いも奇跡的に(?)に変化していたのだった。静かな感動を呼ぶ場面だ)

 「本当よ、光子さん。私は世界中の人間が、これからどうするのかって思ってるの。だからお爺ちゃんを、しっかり見届けてあげようって気になったのよ」
生かせるだけ生かしてやろうと決意したことについては誰にも言っていないけれど、昭子が自分と茂造についてこれからが正念場だと言えるのではないかと思うだけの根拠はあった。病み抜けた茂造が、著しく老化の度を過しているのに気がついたのである。彼はよく笑うようになった。口は開けず声も出さず、目許だけで微笑するのだが、こんな表情は昭子の知る限りの茂造にはないものであった。彼はいつも気難しく渋面を作っていて、不平不満の固りになって生きてきたのだ。(略)
どういうときに笑うのかと言えば、昭子が彼の求めているものを言い当てたときであり、食事を与えたときであり、彼が呼び招かれたときであり、そしてあるときは一人で坐っていて突如として微笑する。
「敏が生れたばかりの頃、こんな具合によく笑ったわ。夢を見ているのかと思ったものだけど、まだ眼の見えないときでね、お医者さまが無心の笑顔というのがこれですと教えて下さったの。子供って天使だと思ったものよ。お爺ちゃんがそれね。生きながら神になるってこれかしら」
と昭子が言うと、信利も敏も同感だったらしく、父と子はこんな会話を交していた。
「人間は人間を無限に超越すると言ったのは誰だったかな」
「パスカルだろ」
「ほう、敏は知ってたか」
「そのくらい知ってるよ。だけどその言葉はお爺ちゃんのようなことを言ってるのかなあ」
「違うかもしれないが、そうかもしれないじゃないか」
「確かに超越しちゃったね、お爺ちゃんは」
神になった茂造は天衣無縫で、便所などという汚れた所へ行かなくなった代り、排泄は時と所を選ばない。おむつは常時当てておかなければならなくなった。(続く)

出典:『恍惚の人』有吉佐和子 新潮社(昭和47年)

数ページ読んだところで、ポロリと本が手から滑りおちたので、枕元の蛍光灯を消した。

記憶がどんどん消えていく「恍惚の人」の過去形の昏い未来・・・
神のように時間を超越した未来形?・・・・
言葉を覚え記憶を蓄積していくアキラの未来形の未来・・・
・・・・薄れていく意識のなかで3つの未来形が空回りしていた。 (2015.03.25) 村長