『古典落語 志ん生集』の「黄金餅」より

「薬は飲まないんです。『薬九層倍(くすりくそうばい)』ッて…儲けられちゃいますからね」

 

江戸時代に、下谷の山崎町に西念という坊さんがいましたが、これは江戸じゅうほうぼうもらって歩くんで、首へ頭陀袋(ずだぶくろ)ォかけて、こいつに南無妙法蓮華経としてある。
「南無妙法蓮華経・:南無妙法蓮華経……」
なんてんでな、貰って、また他家(わき)ィいく。ここの家は門徒だなと思うと、この頭陀袋をひっくり返しちゃう。
「(合掌して)南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏……」
奇特な坊さんがあるもんでございまして……、
長年の間、その…金をためているんで、もう金がたまってくると、なお、きたなくなる。
ましてこの山崎町なんてえ町(とこ)は貧乏長屋でございますから、そういうところにいて金ェためるんですから、そのきたねえのなんの…。ちょっと風邪ェひいたのがもとで、どッと寝ついちゃった。

 となりに金山寺味噌を売る金兵衛ッて男がいる。
「どうしたい、悪いのか? おい、……おい、西念さん」
「(寝床から頭をあげて力なく)はい」
「熱くせえぜ。俺ァみてやろうと思ってるんだが、ここンとこ商売がおそくなっちゃうんで来れなかった。今日は少し早かったんで来たんだが、医者へかかったか?」
「医者にはかからないんです」
「どうしてかからねんだい?」
「医者ィかかると薬料(やくりょう)てえものをとられますからね。それが情けないんです」
「(あきれ顔で)情けないッたって、体にはかえられねえじゃねえか。じゃァ薬は飲んだか
い?」
「いえ、薬は飲まないんです『薬九層倍(くすりくそうばい)』ッて…儲けられちゃいますからね」
「それじゃァ治りゃアしねえぜ」
「治る工夫をしてるんです」
「何やってんだい」
「水ゥ飲んじゃァ便所(はばかり)ィ行ってんです」
「そうすると治るかい?」
「病が下りやァしないかと思って……」
「冗談いっちゃァいけねえ。こういう時はなんだぜ、自分が食いてえものを食うと、それから元気がつくッてえが、なんか食いでえものァねえか?」
「飴ころ餅が食べたいと思いますがねえ」
「じゃ、俺買って来てやろう、まだ寝てやしねえだろう、いくらばかり買うんだい」
「二朱ばかり買ってください」
「ずいぶん買うんだなァ、じゃァ銭を出しねえ(手を出す)」
「(とんでもないという顔で)え?」
「銭を出しねえよォ」
「お銭(あし)ですか? おあしを出すくらいなら頼みゃァしませんよ。お前さん見舞に来たんだから買ってくださいよ」
「なんだい、俺がか? おい、しょうがねえな、まァいいや買って来てやらァ」
そのころ、二朱の飴ころ餅てえと……(かなりの量を両手で待った形)


「(間、それを前へおき)おッ、さァ、食いな(指でさす)」
「ありがとうございます(言うだけで手を出さない)」
「食べなよ」
「貴方うちィ帰って一服してください」
「だって、俺が買って来たんだから、見てる前(めえ)で食いねえな、一つぐれえ」
「あたし、他人が見てると食べられない性質(たち)なんです」
「あ、そうかい……苦しかったら呼びなよ、いいかい(戸をあけて外へ出、後ろ手に戸を閉めて)……ヘッ、しみッたれ坊主め。俺が買って来たんじゃねえか、金さん一つおあがんなさいぐらい言うのがあたりめえだよ。二朱の飴ころ餅一と人で食う気でいやがら、他人(ひと)が見てちや食えねえッてやがら、どんな食いかたしやがんだろうな……壁に穴があいてッから覗いて見てやろう…… (親指と人差指で丸をこしらえて、片目をつぶって覗きながら)なんだい、飴(あん)と餅を前へおいて考えてやがら……おやおや? 飴と、餅とべつべつにしちまいやがったな? どうすんだろうな……あ、飴をみんななめちゃって、餅だけおいてまた考えてやがら……」

 ふところへ手を入れて、あたりを見ておいて、出したのが汚ない胴巻き……そいつを、きゅうッと扱(こ)くと、二分金と一分銀が、ざあッと山のように出てきた。

「(覗きながら)うわァ、ずいぶん持ってやがんな、あいつァ。あんなにありゃがって、しみッたれしてやがんだなァあいつァ……あれ? どうすんだろ……ははァ、餅の中へ押しこんでやがら、金を餅に……おかしいねェ、餅ン中へ金を入れて、そして、ああして並べといて、なんだい? ありやァ…餅ぃ金を入れて、金餅(金持)かなんか言おうッてのか、あいつァ、畜生……」
それを、かたッぱしから口へ入れるてえと、ぐうッと呑んじやった。
「(びっくり顔で)あれあれ、あァ……呑んじめえやがった……ははァ、この坊主、金が気になって死ねねえんだ……」

「どうしたい?」
「うッ(喉をつまらせて、前へかがみこむ)」
「おゥおゥおゥ (背中を叩いてやりながら)どうしたい、だから言わねえこっちゃねえンだよ、そんなもの呑むんじゃねえよ。おゥ、吐きな(右手で受けながら)吐きなよゥ、二つでも三ッつでも吐きなよ、おい、おゥ、おゥ、西念さん……。あ、死(い)っちめえやがった……もってえねえことォしゃがんなぁ、天下の通用(通貨)を呑んで死んじめェやがった……取れねえかな……これなァ。口から手……手は入(へえ)らねえ、棒で尻から突ッついてみるかな、心太(ところてん)だと出るんだがな……どうしよう、こんなことが長屋のやつらに知れた日にやァたいへんだからね、西念のからだァなくなっちゃわあ。ええと……そうだ、こいつを焼場へ持ってって焼いて、骨をあげるときに取っちゃえ……」

「大家さァん」
「おォ、なんだい金兵衛さん」
「西念が死(まい)っちゃった」
「ええッ・・・そりゃァかあいそうだねェ、病臥(ね)てェるから訪(い)ってやろうと思ってェたが……で、どうしたい?」
「うん、俺が見舞に行ってやるとね、飴ころ餅が食いてえッてから、俺ァ飴ころ餅を二朱ばかり買ってやったら、そいつを一と人で食っちめえやがって、苦しみだしゃがったんだ。苦しい息のうちから、『金さんお願いがあります、あたくしは親も兄弟もなんにもないんです。行くところがないんですが、あたしの死骸をお前さんのお寺へ葬ってください』ッて頼まれちゃったんだよ。仕方がないから引受けちゃったんだがね」
「そうかい、まァいいや、他人にするんじゃァない、みんな自分にするんだ。あいよ、今いくよ、うん……あのなァお婆さんや、樒(しきび)と枕団子買って届けてくれ……行ってみよう」

――そして火葬場へ行くと、金兵衛さんは、焼けた西念のお骨をかき回して火に溶けた黄金をかき集めると、一目散に逃げかえった――。

この金をもって目黒に餅屋を出しまして、たいそう繁昌いたしました。
江戸の名物黄金餅の由来の一席。

出典:『古典落語 志ん生集』の「黄金餅」より ちくま文庫(1989)

コメント:ありえない話なのに真理の一部をついている。とくに志ん生が話すと妙なリアリティが出てきて、いっそう可笑しい。これを関西弁でやったらどうなんだろう。すっとぼけた志ん生のちゃきちゃきの江戸弁だからカラッとした味も出るのでは?