寄稿: “飢餓人口比率”で飢餓問題を論じるのは国連の詭弁

ちょうど2年前、当サイトで『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』(1~6)のレポートをご寄稿いただいた辻井博先生(京都大学名誉教授)より貴重な原稿をお送りいただきました。


途上国の飢餓人口比率半減という
国連のミレニアム開発目標(MDGs) 達成宣伝の詭弁


                                                                                   辻井 博 (京都大学名誉教授)

1, 飢餓人口比率で飢餓問題を論じる詭弁

昨年私は国連の報告書 やFAO(食糧農業機関)の基幹報告書 を読んで,本当に情けなくなった。世界各国からの巨額の負担金(国連:年2000億円、FAO:年500億円)で世界の貧困、飢餓、人権、平和などの人類の課題を解決するために設立された国連やFAOが、その設立目的の内特に飢餓の根絶を達成できないのみならず、達成できないことをごまかそうとしているように見えるからである。

国連の設立目的は国連憲章第一条にあるように,「経済的・社会的・文化的・人道的な国際問題の解決のため、および人権・基本的自由の助長のための国際協力」と「国際平和・安全の維持」などである。そして国連ファミリーの中の一大専門機関であるFAOの設立目的は「世界経済の発展及び人類の飢餓からの解放」である。これらの目的を達成するため、90年代に開催された主要な国連の諸会議やサミットの結果に基づいて、2000年9月世界の189カ国の首脳が国連ミレニウム・サミットに集り、来るべき21世紀(ミレニウム)に世界各国と国連及びFAOなど国連ファミリーが協力して世界の平和と安全、開発と貧困、環境、ガバナンス、アフリカなどの問題解決のための活動を誓約する国連ミレニウム宣言を行い、8つのミレニウム開発目標(以後MDGsと呼ぶ) を決定した。

MDGsは、
1.激しい飢餓と貧困の根絶
2.初等教育の完全普及の達成
3.ジェンダー平等推進と女性の地位向上
4.乳幼児死亡率の削減
5.妊産婦の健康の改善
6.HIV/ エイズ、マラリア、その他の疫病の蔓延の防止
7.環境の持続可能性確保
8.開発のためのグローバルなパートナーシップの推進である。

・飢餓問題は悪化してきたと言わざるを得ない
各目標に対して1つから8つの,1990年を基準年として2015年を達成期限としたターゲットが決められている。この8つのMDGsとターゲットは国連ファミリーと加盟諸国が21世紀に行うべき世界の重大問題に対する活動の基本方針を定めている。
本稿で論じるのは、第1のMDGである「飢餓と貧困の根絶」とその第3のターゲットである「2015年までに途上諸国の飢餓人口比率を1990年の水準の半分に減少させる」である。 もしこの第3のターゲットが達成されれば、国連とFAOの重要な使命の一つは一見達成されたように見える。
1996年にFAOがローマで開催し198国の首脳が参加した世界食料サミット(WFS1996)では、世界食料安全保障に関するローマ宣言を採択し、参加各国は国連と協力して世界の全ての人々が飢餓から解放されるよう努力することを誓約し、短期的には2015年までに世界の飢餓人口を1990年の水準から半減することを誓約した。

国連の2013年刊行のMDGsに関する最新の報告書 では、上述の第1のMDGの第3のターゲットは努力すれば達成可能と宣伝している。そしてこれは第1図で、FAOが2012年に変更推計した新飢餓人口推計に基づく青色の三角形で示される途上諸国の飢餓人口比率が1990-92年の23%から2010-12年に15%ほどへ傾向的に低下し、この傾向が継続できれば水色の菱形で示される第1のMDGの第3のターゲットである2015年の飢餓人口比率が1990年の半分の11.6%になる可能性が高いと国連が考えるからである。
確かに、2012年にFAOが変更した途上諸国の新飢餓人口系列を使えば2015年の飢餓人口比率半減ターゲットは達成可能のように見える。しかし2011年までのFAOの旧飢餓人口推計系列は,下図で黒色の星印で示され,この系列は2015年に白抜きの四角形で示される旧系列の1990年の比率の半減値の到達することは全く不可能である。このことはFAOは、第1図から見て1995年から認識していたはずである。

第1図PDF (FAOの新飢餓人口比率が第1MDGの第3ターゲットを達成可能)

そしてさきの新推定飢餓人口比率系列は2015年の直前の2012年に,後述する大変頼りない基礎に基づいた新飢餓人口系列により計算され、その新比率系列が2015年飢餓人口比率半減の第1MDGの第3ターゲットに到達する可能性が高いとFAOと国連は宣伝しているのである。しかしこれで本当に途上諸国の膨大な飢餓問題が解消に向かっていると言えるのであろうか。いや絶対そうはいえない。過去20年間途上諸国の飢餓人口は8.5億人以上と膨大な水準のままであるのである。2011年までのFAOの旧飢餓人口推計値である第2図の赤色の四角形で示される途上諸国の飢餓人口総数は, 1995-97年から2008-10年にかけての15年間、1995-97年の7.7億人から2008-10年の8.6億人へと膨大な水準を維持しながら増加を続けてきた。これでは飢餓は根絶とは逆のことが、すなわち飢餓問題は悪化してきたと言わざるを得ない。

FAOは2012年に、飢餓人口の1990-92年から2010-12年の期間に対する新推定を行った。この新推定の意味と問題点は後述する。新推定は第2図で黄緑色の菱形で示され、1990-92年で2011年以前の推定値に比べ1.5億人ほど多く、この差はその後少しずつ小さくなり、2008-10年で差がほぼ無くなって両推定値は8.5億人ほどとなり、2010-12年の新推定値は8.5億人である。両推計が示すことは、途上諸国の飢餓人口は過去20年間 8億人以上の膨大な水準にあり,かつ2000年ころからほぼ8.5億人の水準に止まっているということである。国連ミレニウム・サミットの第1のMDGやWFS1969のローマ宣言での飢餓の根絶の誓約は達成される可能性は全くないのである。

次にFAOの飢餓人口の二つの推計値の時間的推移が、WFS1996の世界食料安全保障に関するローマ宣言の短期目標である「2015年の飢餓人口半減」を達成する可能性が全くないことを示そう。前述のようにFAOの途上諸国飢餓人口推計は、第2図で2011年以前の旧推計が赤色の四角形で、2012年の新推計が黄緑色の菱形で示されている。

第2図PDF (FAOの新旧飢餓人口推計とWFS1996ターゲットの達成不可能性)

WFS1996での2015年飢餓人口半減ターゲットは、2011年以前の旧飢餓人口推計値に対するものが,2015年時点の上部に黄色の3角形で示され、2012年変更の新飢餓人口推計値に対するものが青色の下向き三角形で示されている。
図で明らかなように、FAOの新旧二つの飢餓人口推計値の時間的推移を将来に伸ばしてもWFSの2015年半減目標に達する可能性は全くない。以上で分かったことは、途上諸国の飢餓人口という系列を使う限り、2000年の国連ミレニウム・サミットの第1のMDGやWFS1969のローマ宣言での飢餓の根絶はもちろん、2015年の飢餓人口の半減の目的も達成の可能性はほとんど無いと言うことである。

・飢餓人口そのものを判断基準にすべきである
人間の食料安全保障 に対する権利は、1948年の国連人権宣言の25条で基本的人権と位置づけられて以来、国連の諸会議や委員会で確認されてきた。1970年代から今日まで国連の開発問題に関する主要な国際会議での飢餓に関する誓約は、第1のMDGやWFS1996を含め飢餓の根絶であった。それにもかかわらず、FAOの新旧二つの途上諸国飢餓人口推計値が過去20年間8億人以上という膨大な量を維持し,特に21世紀になってからは減少傾向はほとんど見られない。これは国連やFAOがその設立目的である飢餓の根絶という人類にとって重要な目的を達成できていないことを示す。このような危機的状況に際して、国連やFAOはその報告書で途上諸国の飢餓人口ではなくて飢餓人口比率が2015年に11.6%と1990年の同比率の半分になる可能性が高いことを宣伝して,あたかも国連やFAOとその加盟諸国の飢餓根絶の活動が進歩しているとする。これを私は詭弁と判断せざるを得ない。

飢餓問題の解決は飢餓人口そのものを判断基準にすべきであり、その値が低下しやすい性質を持つ飢餓人口比率の低下では飢餓問題解決は示せないのである。因みに、途上諸国の飢餓人口比率は分母の途上諸国人口が爆発的に増えており、分子の飢餓人口があまり変わらなくても時間の経過と共に減少する傾向がある。そのため過去20年の期間に途上諸国では、膨大な飢餓人口がほとんど変わらないのに飢餓人口比率が低下してきたのである。さらに、FAOの2012年の途上諸国の飢餓人口推計系列の非常に不確かな基礎も多分原因して、この比率が2015年に半減することになったのである。

2、WFS1996の飢餓人口半減ターゲットから
     2000年のMDGsにおける飢餓人口比率半減ターゲットへの変更について

上述のように、飢餓人口の根絶は国連の主要な国際会議で宣言され続けてきた。1996年FAO開催の世界食料サミットでの世界食料安全保障に関するローマ宣言では、参加各国は世界の全ての人々が飢餓から解放されるよう努力することを誓約し、短期的には2015年までに世界の飢餓人口を1990年と比べ半減することをターゲットとした。しかし2011以前のFAOの途上国飢餓人口旧推計値は,第2図の赤色四角形が示すように1996年の7.7億人を底に上昇を続け、2008-10年には8.6億人になった。これでは2015年で黄色の三角形で示されるWFS1996の途上諸国の飢餓人口を4.2億人と半減するターゲットは全く達成が不可能である。これ以降は著者の仮説であるが、WFS1996から4年後の2000年にはFAOも国連も2015年に飢餓人口を半減するターゲットは達成不可能と判断し、国連は巧妙にも2000年のミレニアム・サミットで世界の首脳を集め、MDGsを宣言し、2015年の飢餓人口半減に替えてより達成がより簡単な第1のMDGの第3ターゲットとして2015年の飢餓人口比率半減を設定した。
しかし、FAOの2011年以前の旧飢餓人口比率系列は第1図で黒色の星印で示されるが、過去20年の同比率の推移では,2015年の白抜き四角形で示される同比率半減ターゲットの達成はほとんど不可能である。そこでFAOは、2012年に飢餓人口推計を新たに行い,第2図で黄緑色の菱形で示される途上国の新飢餓人口推計を作成し、青色の三角形で示される新飢餓人口比率の系列を得、この新系列を伸ばせば、2015年の水色の菱形で示される半減飢餓人口比率ターゲットがほぼ到達できるということにした。

・20年前の飢餓人口推計が1.5億人も増やされた結果・・・
一言で言えば,FAOは2012年に、第2図が示すように新飢餓人口系列を旧系列から2008-10年を支点に,1990-92年で1.5億人増えるように上方へ回転させ、それによって飢餓人口比率の系列の傾きを第1図で黒色の星形系列から青色の3角形系列に変更し、この青色の比率系列が水色の菱形で示される2015年の飢餓人口比率半減ターゲットに向かうようにしているのである。これはあまりに旨くできすぎている。FAOの飢餓人口新推定が2015ターゲット年の直前の2012年に行われ,20年前の飢餓人口推計が1.5億人も増やされ、その結果として2015年の人口比率半減ターゲットの達成可能性が大きく高まったのである。

まとめると、第2図が示すように2000年には、WFS1996のローマ宣言や2000年の国連ミレニウム・サミットの第1MDGが誓約する飢餓人口の根絶はもちろん2015年での飢餓人口半減が不可能であることが明らかで、国連とFAOは私の仮説では2000年に組織保全の目的で2015年の飢餓人口半減からより達成が容易な飢餓人口比率半減という第1MDGの第3ターゲットを採択した。さらに旧飢餓人口系列ではそれも難しいので、FAOが飢餓人口推計値系列を2012年に変更して2015年に飢餓人口比率半減というターゲットが達成可能になるようにした。そしてこの2015年飢餓人口比率半減ターゲットが達成可能と,国連とFAOの基幹報告書で高らかに宣伝することによって組織の存在意義を誇示しようとしたと著者は考える。
この宣伝が認められれば、国連加盟諸国からの国連やFAOへの将来の負担金は維持されるであろう。これを権威づけるためさらに、著名なジェフリー・サックス教授を国連ミレニウム・プロジェクトのディレクターにし、同義反復的な「投資すればMDGsが達成できるとする趣旨」の報告書を書かせた。  
私は世界の飢餓人口が過去15年間8.5億人ほど膨大な水準にあり続けているのに、FAOが新飢餓人口推計をすることによって飢餓人口比率が1990年に比べ2015年に半減しそうであると誇示宣伝することにより、人類の飢餓問題があたかも解消されつつあるように言いつのるのは、国連やFAOの存在意義を誇示する詭弁であると糾弾したい。この大トリックは多分非常に巧緻な国連やFAOの開発貴族官僚が行ったことではないかと考える。

3、FAOの途上国飢餓人口新推計に関する疑問

上述のようにFAOは2012年に途上諸国の飢餓人口を変更 しているが、その意図についての推測は上述した。この変更は、流通・消費者段階の食料ロス、食糧供給、人口、身長、モデルの面でなされたとされ、食料ロスによる変更が圧倒的な大きさである。結果として2008年以前の飢餓人口が累進的に増え、1990年には1.5億人ほど多くなっている。これは、上述したが途上国飢餓人口総数の系列があまり変化してないから、新しい飢餓人口比率の2008年以前の下がり方をかなりきつくし、第1MDGの2015年の飢餓人口比率半減目標がより達成しやすくなる。

ここに私はFAOと国連の開発貴族官僚の組織維持目的を感じる。また飢餓人口の推計の変更が上記のように、1990年で1.5億人増という膨大な数であることも驚きであり疑問である。そしてこの変更が主として食物の卸売り段階から消費者段階でのロスの新データでなされているとする。 しかしこの新データが、FAOの統計部のworking paper1本に依存していることはあまりにお粗末である。上述のような重大な影響を及ぼす大きな飢餓人口の推計値の変更をするにしては,その基礎データがあまりにたよりないと思う。この評価も,本稿でのFAOの、2015年での飢餓人口比率半減達成宣伝の詭弁という批判の一つの要因になっている。

4、国連やFAOは飢餓根絶という複雑で大きな開発目的に貢献できるか

上では国連やFAOが途上諸国の飢餓人口ではなくて飢餓人口比率が2015年に半減するという第1MGDの第3ターゲットを達成できそうだと報告書で誇示したことの詭弁性を述べた。それは途上諸国の飢餓人口そのものが、過去15年間8.5億人ほどの膨大な水準を維持したことで示される。いったい国連やFAOなど国際機関は,過去に何回も「飢餓の根絶」をWFS1996のローマ宣言や国連ミレニウム・サミットのMDGsで誓約・国際合意してきたが,これらの誓約を達成できるのか。
上述のSachs博士の論敵であり著者が傾倒する著名なWilliam Eastery教授 が述べているが、飢餓の根絶という国際機関主導の国際誓約の達成は例外なく失敗した。1974年の世界食料会議は「10年で飢餓を根絶」という目標を掲げたが、人口一人当たり食料生産は増加したが飢餓は増加した。 1992年の国際栄養会議は食料安全保障の増進を宣言したが、国連各機関の指導力と協調の欠如から失敗した。

・新しい制度と対策が必要
上述のように1996年のWFS(世界食料会議)や2000年の第1MDGの飢餓根絶も失敗した。Easteryは脚注書で彼の国際機関での経験、調査・研究、実例により、国連ファミリー主催の国際会議で何回も決定され、膨大な資金が投入された飢餓や貧困根絶などのBig Plan(大目的)は国連機関には実行能力が無く,達成は不可能であるとする。彼は、国際機関は途上諸国の現場にたくさんいる現場の問題とその解決方法を熟知した現場の国連スタッフの能力が最適に発揮される、子供の脱水死亡に対抗する安価な薬品の供給や防虫剤を浸ませた安価な蚊帳の配布でのマラリアの防除などのPiece Meal Plans(個別支援事業)に専念すべしとする。彼はまた国際会議の決定の結果責任追求が等閑であることも非常に重要な問題であるであるとする。

飢餓の根絶は国連とFAOの最重要使命であるとしばしば考えられてきた。しかし過去15年間FAOの新旧二つの飢餓人口推計は8.5億人と膨大な数であり続け、21世紀になって減少の傾向はない。そこで、上述したように国連とFAOは飢餓人口推計を変更し、第1MDGの第3ターゲットである「2015年に途上諸国の飢餓人口比率が1990年の半分になる」と、多分自己保存の目的のために最近のFAOと国連の報告書で喧伝した。飢餓根絶への国連ファミリーの成果として宣伝したのである。途上諸国の飢餓人口が膨大な数であり続けていてもである。このことから私は、Eastery が言うように国連やFAOは飢餓人口の根絶などのビッグプランの推進には能力不足と考える。しかし飢餓人口の根絶は人類最重要課題の一つであるから,国連ファミリーと開発貴族官僚を抜本的に改革して飢餓の根絶などの解決のための新しい制度と対策を考える必要があると考える。
                                                                     (2014年2月17日)
青字の小見出しは編集部による
(文献リスト)
1,United Nations,2013. The Millennium Development Goals Report 2013, New York. p. 10.
2, FAO. 2013. The State of Food Insecurity in the World 2013. pp. 8-9.
3, United Nations,2013. The Millennium Development Goals Report 2013, New York. 2013. pp. 4-5.
4, United Nations,2013. The Millennium Development Goals Report 2013, New York. p.
5, The Millennium Development Goals Report 2013, p. 4.

辻井博先生のプロフィール
京都大学農学部農林経済学科卒業
イリノイ大学大学院農業経済専攻博士号、修士号取得
京都大学大学院農学研究科教授
京都大学名誉教授
在米、国際食糧政策研究所(IFPRI)上級研究員
京都大学東南アジア研究センターバンコク事務所所長
日本農業経済学会名誉会員
元石川県立大学教授
連載 『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート 5 』辻井 博

予告 『ヒマラヤ山麓万枚田調査ノート』連載  (2012.1.30)