柿をもぎとり、自分の口にもっていき、ガリガリと食べはじめた・・・

昨年十月に、母方の祖父が脳梗塞で倒れた時に入院したのが、祖母の住む家の近くの病
院でした。

祖父は、目を覚ましてからはすでに右半身が麻舜し、言葉が話せない姿になっていました。お酒が好きで、毎日、酒屋さんに行って一杯飲んでいたあの祖父の面影はまったく見られませんでした。(略)
祖父は、食べようという気がまったくなく、好きだったアイスクリームでさえ口にしなかったので、鼻から胃までの栄養を送るチューブをはずすことはできませんでした。(略)

・・・・チューブをしている時の祖父の顔はムスツとしてこわいのです。が、それをとってしまった時は、とてもにこやかでうれしそうな顔をするのです。
祖父は期待もよそに、いっこうに食事を受けつけず、担当医は胃に穴をあける手術をし、“胃瘻(いろう)”という器具を取りつけ、それを口がわりにして、直接栄養を入れるというのです。
祖母も母も迷っていましたが、鼻から入れる痛みがなくなるのなら……と、手術を受けました。それから、あっという間に二ヵ月が過ぎ、別の病院に転院することになったのです。
その時、母は一日でも祖父を家に帰してもらえないかと病院にお願いして家に帰ることができたのです。
家では兄弟姉妹がみんなそろって祖父を迎えました。車椅子にのせて庭を散歩させ、実ってきた柿の本の実をみんな夢中になってもぎ、一枝、祖父のひざの上にのせてあげたのです。
するとビックリ。その柿をもぎとり、自分の口にもっていき、ガリガリと食べはじめたのです。その姿を呆然と見つめていました。何も口にしようとしなかった祖父が、自分の家に戻り、大切にしていた柿の木の実を見て、おいしそうだなあ~と思ったのでしょうか。その時、希望の光をみんなが見たことと思います。

それからすぐに、新しい病院へと行ったのです。ここでは、前の病院とは違い、看護婦さんがみんな親切で、祖父を助けようという努力がとても感じられました。それに、着いて間もないのに先生がみえて、“家で柿食べてきたんだって? 胃に穴はあいてしまっているけれど、何か食べてみようなあ”と声をかけてくださったのです。思わず涙がこみ上げてきて、心の中で、“そうだよ、がんばれ”とつぶやいていました。となりにいた祖母・母もそうだったと思います。
それからすぐ、看護婦さんたちが祖父の体をチェツクしたその時、“何これ”とヒソヒソ話しているので、何事だろうと思っていると、胃に穴をあけて口がわりになっている“胃瘻”という器具が、いまでは使われていないとても古いもので、しかも、異常に汚れていたということです。
前の病院でいかに何もしてくれていなかったかがわかって、とても悔しい思いをしました。
こちらの病院にすべてをまかせようと思っていた時、祖父が何かのウイルスに感染して個室に移され、それからすぐに肺炎にかかってしまい、あっという間に天国にいってしまったのです。
二年、三年……いや、十年、看病生活が続くかも、なんて言っていたのに、たった三ヵ月のことでした。こんなに早く逝ってしまうのならば、鼻からチューブなんて入れなければ……とか、手を自由にさせてあげればよかった……とか、いろいろ考えてしまいました。私以上に母はつらかったと思います。
この問題は、本人の意志がないのでとてもむずかしいですね。私は家族で話し合い、どうしても生かしておいてほしいということであれば、医者にお願いしてチューブを入れたり、いろいろな方法はあると思います。しかし、もし自分が……と考えると、自然のままに、苦しまずに逝かせてほしいと思います。意志がないのに苦しんでいる祖父の姿を思いだしては悲しくなります。
私は、いままでできなかった子供が十一月にできたことがわかったのです。ということは、祖父の生まれかわりだと思うのです。
現在五ヵ月です。祖父に抱かせてあげたかったです……。

 (『介護地獄』第2章尊厳死、安楽死を思う 『なにもわからないはずの祖父の目から涙が…… 女性・二十五歳(神奈川県)』)より

出典: 『介護地獄』毎日新聞社「長命社会」取材班編 講談社(2000)

コメント:本書は、介護保険が始まる3年前(1997)、毎日新聞で「長寿社会を生きる」という連載が始まり、それに寄せられ読者からの数多い投稿を選んでまとめたもの。
必要があってつい昨日読みおえた。重いテーマで深刻な話が多いのに、読後は妙に爽やかである。「序文」に書いてあるとおり、「つらくて重い経験が綴られているものの、その文章が不思議な静けさを持っていることに気づかされる」からだろう。投稿者たちの心根の優しさ、静かな反省からくる覚悟にも打たれる。出版から十五年ほど経過しているが、尊厳死や安楽死の問題と状況はさほど変わっていないだろう。
それにしても、胃瘻の手術までして「なにもわからないはずの祖父」が、庭の柿を「ガリガリと食べはじめた」、という場面には感動させられる。